4.インターネットの仕組み

1)インターネットモデル

 WAN(Wide Area Network)とは、広域に展開されているコンピュータ・ネットワーク という意味だが、LANとLANがネットワークされた地域ネットワーク、さらに地域ネ ットワークどうしが結びついて全国的規模や世界的規模に展開されているような状態のこ とを意味して使われる。その最大のものがインターネットであり、世界中の異なる組織が 運営する数多くのネットワークに自由にアクセスができ、かつ、その全体をあたかも単一 のネットワークであるかのように利用することができる。この仕組みはインターネットモ デルといわれるもので、以下に見ておくことにしたい22) 。
  このモデルでは、同一組織によって管理運営されるLANのことを自律システムと言う 。前述のようにLANの中は複雑な構造を持っているので、これをモコモコとした雲の絵 で表現する。これらの自律システムはルータを介して接続される。(図7.6,7.7)
[図7-6&7]
 無数の自律システムの雲と、その接点となる数多くのルータを協調して動作させている のが、前述したTCP/IPプロトコル群の働きであるが、ここでは、その中心的な役割 を果たす、IP(Internet Protocol)について見てみることにする。
  インターネットに接続された全ての自律システム(LAN)には、ネットワーク・アド レスという固有の番号がふられており、それぞれのネットワーク内のコンピュータにはホ スト・アドレスという固有の番号がついている。それぞれネットワーク部、ホスト部と呼 ぶ2つのアドレス番号の組み合わせで、そのコンピュータのインターネット世界における 固有の住所が決まる。これをIPアドレスといい、32ビットの固定長である(後述)。
  インターネットではデータのパケットのことをデータグラムと呼ぶ。これに送り元と行 き先となるホストのIPアドレスを付与したのがIPデータグラムである。IPは、この IPデータグラムの伝送経路を、下記のような方法で確立している。
  いま、ある自律システムからIPデータグラムが発信されると、インターネット内の全 てのルータは、これを次々と目指す自律システムへと転送する。これらのルータは、イン ターネットのどこにどの自律システムが接続されているかを知っている。従って、ユーザ はその転送経路を関知することなく、送り先のIPアドレスの指定だけで、その目的地へ とデータを送ることができる。
  インターネットの全てのルータが、なぜこれほど広範なネットワーク世界を知りつくし 、データグラムを目的のホストへと転送できるのか。実はルータはこれを自動的に日々コ ツコツと学習しているのである。というのも、ルータはまず、ある一定時間ごとに自分の ネットワーク・アドレスを隣接する全てのルータに通知する。これを受け取ったルータは 、それをまた自分の隣接するすべてのルータに通知する。この情報が行き渡ると、ルータ は、終点となるアドレスと、そこへデータグラムを届けるためにリレーすべき隣りのルー タのアドレスとが対になった表(経路表)の形で記憶する。ルータがIPデータグラムを 受信すると、その行き先のIPアドレスをこの経路表に照合し、次にリレーすべき隣のル ータを選び、これを転送するのである。この方式だと、ルータはネットワーク全体の状況 は知らなくても、受け取ったIPデータグラムを次にどのルータに送ればよいかというこ とだけを知っていればよい。
  このような処理の繰り返しで、データグラムは幾つものルータを通過しながら(言って みれば、たらい回しにされながら)、最後には目的のホストへと到達できるのである。実 際のインターネットでは障害や工事は日常的に発生しており、新規に加盟してくる自律シ ステムも多いので、こうした知識は常に更新され、障害箇所を避けて転送できるような経 路制御も行なわれなければならない。このような経路情報の自動的管理方法を動的経路管 理と呼んでおり、膨大な数の自律システムやルータが、あたかも単一のネットワークのよ うに動いて見える秘密である。これに対して、マニュアル操作によって経路を指定する方 法を静的経路管理と呼び、セキュリティを考慮して特定の経路に制限したり、インターネ ットの末端のネットワークに対して伝送するなど、経路選択の必要がない場合に用いられ る23) 。
 
2)IPアドレスとドメイン名

 IPアドレスは、前述のように、ネットワーク部とホスト部が組み合わされた数字で、 全体の長さは32ビットに固定されている。つまり1または0の数字が32桁続く数字である 。これを8ビットずつピリオドで区切って、それぞれの数字は10進法で読む。つまり、32 桁の2進数を4つに区切って、

   00000100 . 00000011 . 00000010 . 00000001

と表記されるIPアドレスの例では、10進数表記で、

   4.3.2.1

という、3つのピリオドでつながれた4つの数字で表わす。実際には、

   133.58.12.3

などといった具合になる。
  インターネットの利用で先発した研究機関や政府機関などの大規模ネットワークでは、 このうち最初の8ビットをネットワーク・アドレスの割り当てに使った。これは1ビット 目が0で始まる8ビットの数字をネットワーク部として使うもので、2ビット目以下の7 ビットの数字をネットワーク・アドレスとして使うことができる。(図7.8)
[図7-8]
 つまり、2の7乗 =128 の 数字があるが、全部が0または1となる数は除くことになっているので、結局ここに 126 のネットワークが割り当て可能となる。これをクラスAという。クラスAでは、32ビット のうち、残る24ビットの数字がホスト部に使えるので、それぞれのネットワーク内には、 最大 1,677万 7,214台分ものホスト・アドレスを割り当てることができる。
  クラスBでは次の8ビットも加え、最初の2ビットが10で始まる16ビットをネットワー ク部に使う。つまり3ビット目以下の14ビットの数字により、16,383のネットワーク・ア ドレスが割り当てできる。残る16ビットのホスト部により、それぞれのネットワーク内の 最大ホスト数は65,534台となる。
  これがクラスCとなると、さらに次の8ビットも加え、最初の3ビットが 110で始まる 24ビットをネットワーク部に使う。つまり4ビット目以下の21ビットの数字によって、 209万7,151 のネットワークがアドレスの割り当てを得られるが、残る8ビットのホスト 部では、ネットワーク内の最大ホスト数は 254台までに限られることになる24) 。
  実際には、これからインターネットに接続しようとする日本の大学では、クラスCしか 取得できないという状況である。これ1本では最大ホスト数が 254台なので、学内で必要 なホスト・アドレスは確保できないことになる。そこで、新規加盟の大学ではクラスCを 数本(16本とか32本とか)束ねて取得している。どちらにしても、こんなことでは割り当 て可能な全てのIPアドレスが、いずれ枯渇してしまうのは時間の問題である25) 。
  そこで将来的には、桁数を拡張するなど、新しい世代のインターネットのあり方を考え ていく必要があり、すでにその研究開発が始まっている。言いかえれば、いかにインター ネットの成長が爆発的で、膨大な数のユーザを巻き込んでいきつつあるかということでも あろう26) 。
  ところで、IPアドレスのような数字の羅列を覚えるのは不便なので、略号をつなげた 形のドメイン(Domain=範域)名というものが使われることが多い。これは、アメリカ、 イギリス以外の国では2文字の国コードをトップ・ドメインとし(日本はjp)、その左に 、下位ドメインである組織属性と組織名称をピリオドで区切ってつなげる。つまり日本で は、

 〈組織名称〉. 〈組織属性〉. jp

という形のドメイン名となり、組織属性は、大学関係組織はac、企業営利団体はco、政 府関係組織はgo、などのコードも決まっている。そこで例えば、

    tuis.ac.jp

と表記すれば、日本の−大学の−東京情報大学(略称tuis) を指すドメイン名となる。 インターネットのユーザは、電子メールをやりとりするためのメールアドレスを持って いる。これは、自分の名前と、その所属部署を@マークでつなげ、ドメイン名の左に表記 するのが一般的で、例えば、

    kensuke@rsch.tuis.ac.jp

などといった具合になる27) 。最近では、電話番号やファックス番号とともに、このメ ールアドレスを名刺に刷るユーザも増えてきた。こうした覚えやすい宛先で電子メールの やりとりができるのも、DNS(Domain Name System) という、ドメイン名とIPアドレ スを対応させて管理しているデータベース・システムが用意されているからである。
  IPアドレスやドメイン名は、インターネットの世界においては固有の番号や名前でな ければいけない。現在、世界に3ケ所あるNIC(Network Information Center)が、こ れを管理している。アメリカではスタンフォード研究所(SRI)のインターNIC、ヨ ーロッパではRIPE(Reseaux IP Europe)、日本では東京大学大型計算機センターにあ るJPNIC(Japan Network Information Center)がその役割を担う。
 インターネットへ接続したいユーザは、これらNICに申請してIPアドレスとドメイ ン名を取得した上で、自分の所属するLANにルータを設けて、バックボーンとなるネッ トワーク(日本でいえばSINETなど)につなぎこむことになる。ドメイン名の変更や 廃止の際も、同様にNICへ申し出る必要がある28) 。

3)インターネット・アーキテクチャ

 以上、コンピュータ・ネットワークの仕組みの一端を、LANやインターネットの実際 から見てきたが、ここで、そもそもコンピュータどうしがコミュニケーションするとはど ういうことなのか、その概念について少し把握しておくことにしたい。
 これには、人間が普通に行っているコミュニケーションの手順を分解して考えてみると わかりやすい。例えばAさんがBさんに手紙を出すとする。Aさんは自分の気持ちを紙に 書き、封をして切手を貼ってポストに投函する。郵便局員がこれを回収し、郵便車などで 幾つかの郵便局を中継してBさんの家の郵便受に届ける。Bさんは封筒を明け、手紙を読 んでその意味するところを理解する。この、手紙を書く(読む)−封筒に入れる(開封す る)−ポストに投函する(郵便受に届く)−郵便局に届く(配達する)という各手順は図 7.9のような階層的な構造で描くことができる。
[図7-9]
 大事なことは、それぞれの階層では、その 上下の階層との間でとり交わす手順だけを理解していればよいということである。例えば Aさんは手紙をポストに入れた後、これがどのような方法でBさんに届けられるかを意識 する必要はなく、郵便局員は、ポストから手紙を回収したり局と局の間を運搬するだけで 、手紙に何が書かれているかを知る必要はない。このように、各階層ごとに決まった手順 だけを実行すれば、AさんとBさんの手紙によるコミュニケーションは成立するのである 。
 こうした考え方で、コンピュータのコミュニケーションを階層化して描いたのが、ネ ットワーク・アーキテクチャであり、それぞれの階層を上下する手順がプロトコルなので ある29) 。
 前述したOSI(開放型システム間相互接続)では、このアーキテクチャを7階層で描 いたOSI参照モデルというものを発表している。7階層のそれぞれの機能は図7.10に示す 通りである30) 。

[図7-10]
 インターネットの場合はどうか。ここでインターネット・アーキテクチャ、すなわちT CP/IPのネットワーク・アーキテクチャというものを見てみると、下から順に、 1ネ ットワーク・インタフェイス層、 2インターネット層、 3トランスポート層、 4アプリケ ーション層、の4層で説明されることが多い31) 。(図7.11)
[図7-11,12]
 このうち、 1のネットワーク・インタフェイス層は、インターネットの足まわりとなる もので、手紙でいえば郵便局の車、電話でいえば電話線などに相当し、物理的なデータ転 送の機能を担う仕組みのことである。前述したイーサネットやFDDIなどのLAN、専 用線や公衆パケット交換網などの既存のネットワークは、このネットワーク・インタフェ イス層の伝送方法のことをいっていたわけである。インターネットでは、この層について は何を使っても構わない(規定がない)。
  2のインターネット層は、インターネットの中心的役割を果たすIPによって、IPデ ータグラムを転送し、目的となるホスト・コンピュータまで届けるための階層である。図 7.12に見られるとおり、IPデータグラムを中継するだけのゲートウェイでは、ここまでの階 層だけで転送処理を行っている。下位階層であるネットワーク層で使用されているさまざ まな通信媒体やプロトコルの違いは、このインターネット層のIP以外の多数のプロトコ ルを動員して吸収してしまい、ネットワーク全体をIPによって扱うことができるように しているのである。
  3のトランスポート層には、TCP(Transmission Control Protocol)、またはUDP (User Datagram Protocol)というプロトコルが定義されており、IPによって目的のホ ストに届いたデータグラムを、エラー訂正処理などを施しながら正しく復元し、ホスト内 部の応用ソフトウェア(アプリケーション)に手渡すまでの役割をはたす。
  4のアプリケーション層において、はじめてインターネットのユーザに、直接的なサー ビスを提供するための応用プロトコルが定義されている。これには、TELNET(リモ ート・ログイン)、FTP(ファイル転送)、SMTP(電子メール)などがある。

 以上をまとめると、インターネットは、 1物理的な伝送方法として、イーサネットやF DDI、専用線などの既設のネットワークの足回りを使い(ネットワーク・インタフェイ ス層)、 2それぞれの伝送方法の相違を吸収しつつ、IPが目的のホストへとデータを届 け(インターネット層)、 3さらにTCP(またはUDP)がホスト内部のアプリケーシ ョンへ届けて(トランスポート層)、 4ユーザがさまざまなインターネットの機能を利用 できるようにする(アプリケーション層)、という4階層があるということになる32) 。
 実際にはユーザは、TCPやIPの目に見えない働きを意識する必要はなく、アプリケ ーション層における具体的な機能(上記のTELNET、FTP、SMTPをはじめ、W AIS、Gopherなど、インターネットには便利な機能が数多くある)が使えればそ れで良い。その利用法については第8章で述べることとする。
TCP/IPは、OSI参照モデルの登場以前から実用化されていたので、それぞれの 階層は、必ずしもOSI参照モデルとはきちんと対応しないのであるが、実際にはこれで も十分な機能をはたし得ることはインターネットが証明している33) 。OSIは、より将 来的なコンピュータ・ネットワークの発展のための理論的モデルを示しているわけである 。ただ最近では、OSIの標準化仕様を実装した機器も徐々に登場し、TCP/IPとも 組み合わされて利用されはじめている。OSIとTCP/IPは、理論と実践で補い合う ような面を見せながら、今後も進化していくものと考えられる。