5.21世紀に向けての情報基盤構想
1)情報スーパーハイウェイ
現在、アメリカ政府は、国力増強策の大きな柱として、大量・高速な情報通信ネットワ
ークの構築を、21世紀に向けての重要な社会的基盤と位置づけ、さまざまなプロジェクト
を実行に移している。
クリントン政権のゴア副大統領は、彼が上院議員であった1991年に、高性能コンピュー
ティング法(HPCA : High Performance Computing Act )を成立させ、これによってHP
CC(High Performance Computing and Communications )といわれる、高度なコンピュ
ータ技術の開発や科学研究、あるいは教育研究環境の支援などを推進するための5ケ年計
画がスタートした。その中心となる、NREN(National Research and Education Net-
work=全米研究教育ネットワーク)は、高等教育機関のアカデミック・ネットワークを統
合・拡充し、全国の学校や図書館もこれに接続できるようにしたり、ギガbps 級の伝送能
力を持つネットワークの研究開発を行っていこうとするものである。全米科学財団のNS
Fnetもこれに統合化されて大幅な高速化が図られることとなっており、インターネッ
トの新しいバックボーンとなろうとしている。通信量が飛躍的に増大できるため、学術用
途だけでなく、これまで規制のあったインターネットの商用利用にも大きな道が開かれよ
うとしている34) 。ALA(American Library Association) をはじめとするアメリカの
図書館界もNREN構想には積極的な姿勢を示しており、公共図書館でもインターネット
に接続してサービスを提供しているところが増えているという35) 。
HPCCは、クリントン政権が提唱している、NII(National Information Infra-
structure =全米情報基盤)政策の技術的基礎を提供するものである。NIIは、地方政
府や学校・病院・図書館などの全ての公的機関、さらに企業や全家庭を高度な双方向ネッ
トワークで結ぼうというもので、その整備に必要な民間・公共投資の促進策、規制緩和策
などを含む革新的な通信政策である。かつて全米に張り巡らされた高速道路網が物流革命
と経済躍進をもたらしたことにあやかり、情報スーパーハイウェイ構想と呼ばれている。
現在のアメリカでは、公的資金によるネットワークの構築には限界があるが、基幹回線
網の光ファイバ化はほぼ完了しており、今後の普及は各州の行政機関や民間企業が担って
いくものとされている。既に全家庭の約6割がCATV(ケーブルテレビ)に加入してい
るアメリカでは、これとコンピュータ網とを合体させれば、双方向ネットワーク網の構築
は比較的たやすいとされており、CATV会社や電気通信事業者が競って新しいサービス
の開発に邁進している。好きな映画をいつでもリクエストして見ることのできるビデオ・
オン・デマンド(video on demand )サービスなどもスタートしており、ハリウッドの映
画産業を擁するアメリカならではの立ち上がりのはやさを見せている。このようなソフト
面の蓄積によって、アメリカのマルチメディア産業は、その優位性を確かなものにしつつ
あると言えるだろう。
2)B−ISDN
わが国では、1980年代にニューメディア・ブームといわれるものがおこって電気通信利
用への関心が高まり、郵政省のテレトピア計画(1983年)、通産省のニューメディア・コ
ミュニティ構想(1983年)、農林水産省のグリーントピア計画(1986年)、建設省のイン
テリジェント・シティ計画(1986年)など、省庁ごとの地域通信振興策や都市基盤整備計
画が策定され、日本中にモデル地域が指定されている。もっとも、当時生まれた双方向都
市型CATVやキャプテンシステムなどのニューメディアは、現在に至っても期待された
ほどの普及ぶりとは言い難い。
NTTでは、1984年に東京の三鷹地区でINS(Information Network System=高度情
報通信システム)技術実験を行い、その成果も反映して、1988年にはINSネット64とよ
ばれる商用サービスを開始した。これは、1970年代からCCITTで国際標準化が進めら
れてきた、ISDN(Integrated Services Digital Network =統合サービス・ディジタ
ル網)を世界にさきがけて実現したものであった。
ISDNとは、伝送路や交換機をディジタル化し、これまで電話、コンピュータ、画像
伝送などが、それぞれ別の通信網を設けていたのを統合して一元的なサービスを提供でき
るようにしたものである。1本の加入者線で、電話や電話以外の通信サービスを受けるこ
とのできる多目的なインタフェイスを提供し、ユーザは電気コンセントのように汎用性の
ある簡単なソケットを差し込むだけで、あらゆる情報機器がネットワークに接続できる。
INSネット64は、1本の加入者線で、64Kbps の情報チャンネル2つと、16Kbps の
信号チャンネル1つを提供していたが、1989年から開始されたINSネット1500は、1.5
Mbps の情報チャンネル(ほかに情報チャンネルと信号チャンネルの幾つかの組み合わせ
タイプがある)を持ち、動画像や超高速データ通信が可能となった36) 。
INSに続いて1990年代から登場したのが、B−ISDN(Broadband ISDN=広帯域I
SDN)である。これは各ユーザの端末まで光ファイバをひき、ATM(Asynchronous
Transfer Mode)といわれる高速交換技術などを利用して、 155Mbps の高速伝送が可能
である。1本の加入者線はINSネット1500の 100倍(電話回線2400本分)の容量を持っ
ており、コンピュータ通信だけでなく、ハイビジョンテレビの高精細画像の伝送や、多チ
ャンネルテレビ放送など、本格的なマルチメディア通信が可能となる。NTTでは、2015
年までに45兆円をかけ、全国のオフィスや家庭を光ファイバで結んで、B−ISDNによ
るサービスを実現するという、次世代通信網整備計画を発表している。
これはまぎれもなく21世紀を支える重要な新社会資本となり得るものであろうが、さて
そこで何ができるのか、何をしたいのか、というソフト面になると、今ひとつ具体的な見
通しははっきりしてこない。そこで1992年、B−ISDNの社会的実用性の実証や、普及
促進などを目的として、新世代通信網実験協議会(BBCC:Broadband ISDN Business
chance & Culture Creation)が設立され、関西文化学術研究都市において実用実験を行っ
ていくこととなった。多地点間映像伝送、ハイパードキュメンテーション、高速LANな
どの利用研究を行い、大学間の知識ベース交換や教育支援、電子図書館、マルチメディア
通信販売など、さまざまなアプリケーションが試みられることになっており、その成果が
注目されている37) 。