2.コンピュータ・ネットワークの進歩

1)コンピュータ・ネットワークの歩み

  初期のコンピュータ・システムは、本体となる演算装置に1つの入出力装置(端末)が 付属するだけの孤立した存在−スタンドアロン型であった。ユーザは自分のデータを紙カ ードなどに記録し、一定量まとめてからコンピュータに一括入力して処理結果が出るのを 待った。これはバッチ処理(Batch Processing=一括処理)といわれる。
  この方法では、データの発生から処理結果が出るまでのタイムラグが大きすぎ不便であ った。そこで1960年代には、遠隔地の端末からでも取引業務(トランザクション)が発生 するつど、コンピュータ本体をリアルタイムで操作できるような方法へのニーズが高まり 、航空券の予約発売システムなどにおけるオンライン・リアルタイム処理というものが実 用化された。また、1台のコンピュータをできるだけ多くのユーザに公平に利用してもら うため、その処理能力を非常に短い時間で分割して、それぞれの割りあて時間ごとに個々 の端末のための仕事を行う、TSS(Time Sharing System =時分割処理)という方法も 生まれ、大型汎用コンピュータによる集中処理システムというものが確立されていったの である。中心となるコンピュータからは何本ものケーブルが放射状に伸び、それぞれの先 端に端末を接続した形の放射型ネットワークが形成された。大学の事務システムや図書館 管理システムといったものは、今でもこの形態のものが少なくない。遠隔地の端末との接 続には、低速な専用回線や公衆電話回線などが多く用いられた。
  TSSでは、コンピュータ本体の能力が十分に高速である場合、ユーザはそれを1人で 占用しているかのように操作することができるが、端末の数や処理すべき仕事の数が増え ると応答時間が遅くなる。そこで本体を高性能なものにすると、また利用が集中して能率 が落ち、ますますの高性能化、コスト増が要求されるという悪循環に陥る。また、本体に 大量のプログラムやデータが集中することで管理コストが増大し、端末の場所が広範囲に 展開するほど通信コストも増大するなど、集中処理システムには限界がともなう。
  そこで複数のコンピュータ・システムをネットワークを介して結びつけ、機能や負荷の 分散を図る分散処理システムというものが生み出され、それぞれのシステムが持つハード ・ソフト資源を相互利用(リソース・シェアリング)できるような、コンピュータとコン ピュータのネットワークというものが形成されていくようになったのである10) 。
  前出のアーパネット(ARPAnet )は、ここでもいくつかの重要な基礎技術を提供した。
  1969年に開発されたパケット交換方式もその一つである。これは、送りたいデータを一定 の大きさで幾つにも区切り、それぞれの頭に荷札、すなわち行き先となるコンピュータの 番号をつけたパケット(packet=小包)として蓄積しておいて、通信回線の中にバケツリ レーのように次々と送り出すのである。ネットワークに接続されている機器は、その荷札 を見て自分宛のものだけを取り込み、もとの順序通りにデータをつなげて復元する。
パケット交換方式は、その後のデータ通信方式に広く採用された。1975年にはアメリカ で初の商用パケット交換網であるTelnetが完成し、その後各国でもこれに準拠した公衆パ ケット交換網が稼働し始めた。わが国では1980年に電電公社(現NTT)のDDX (Digital Data Exchange) パケット交換網が、1982年にはKDDの VENUS-Pという国際公 衆パケット交換網が、それぞれ商用サービスを開始したことによって、コンピュータ・ネ ットワークは、より経済的に全国規模、国際的規模に展開できるようになった11) 。
  コンピュータ・ネットワークは、同一敷地内でケーブルを敷設することは自由だが、敷 地の外のコンピュータと通信する場合には、NTTのような電気通信回線の所有者(これ を第1種電気通信事業者という)から、何らかの形で回線の提供を受けなければならない ことになっている。複数のキャンパスのコンピュータを接続する場合などがこれに該当し 、隣接する校地でも公道を1本またぐと別敷地として扱われる。
  方法としては、 1第1種事業者の回線を専用線として借りる、 2第1種事業者が行うデ ータ通信サービスを利用する、 3第1種事業者から借りた専用線を使って顧客のデータの 蓄積、転送などを業として請け負う第2種電気通信事業者のサービスを利用する、などが ある12) 。DDXパケット交換網の利用は 2にあたる。 3はVAN(Value Added Network =付加価値通信網)と呼ばれ、わが国では1985年の電気通信事業法の施行によって生まれ 、急速に成長した新しい業態である。これらのサービスを利用することで、多くの企業体 や自治体などが、それぞれの規模や目的に応じて、独自のコンピュータ・ネットワークを 構築してきたのである。
  これらのネットワークは、たとえ広い地域に展開されているものでも、もともとは各ユ ーザの構築したコンピュータ体系のもとで特定の業務を処理するために設けられた個別網 であり、いうなれば閉じたネットワークであった。
  何万というユーザが加入しているパソコン通信ネットワークも、基本的にはそれぞれの パソコン通信サービス会社ごとに通信センタを設置し、中心となる大型コンピュータによ って集中管理されている。外部の商用データベースなどへアクセスできるサービス(ゲー トウェイ・サービスという)も提供されているが、例えば、A社のパソコン・ネットのサ ービスを、B社のパソコン・ネットの会員が自由に利用することはできないなどといった 点では、やはり閉じたネットワークの一つだと言わなければならないだろう。
  もとより初期のコンピュータ・ネットワークでは、接続する機器や回線ごとに専用の装 置や通信用プログラムを製作していたため、そのシステムはまったく融通性がなかった。 1974年以降、各メーカごとにネットワークの構築様式(これを、ネットワーク・アーキテ クチャという)とプロトコルの標準化が図られ、これによって同じメーカの製品であれば ネットワーク化は容易になったが、異なるメーカのものとは、依然、互換性がなかった。 プロトコルを変換して別メーカのコンピュータと通信することも可能だが(VAN業者は このようなサービスを行う)、そのためにはシステム間の細かい仕様のつきあわせが必要 で、ユーザからすればたいへん自由度の乏しいものであることに変わりはなかったのであ る。
 
2)開かれたコンピュータ・ネットワーク環境へ向けて

  1987年頃から、ISO(International Organization for Standardization=国際標準 化機構)と、CCITT(International Telegraph and Telephone Consulatative Com- mittee=国際電信電話諮問委員会)が中心となり13) 、開かれたコンピュータ・ネットワ ークの構築を目指し、メーカの異なるコンピュータや端末などの異機種、異システム間通 信を可能とするための、世界標準のネットワーク・アーキテクチャの開発に取り組むこと になった。これは、OSI(Open Systems Interconnections=開放型システム間相互接続 )と呼ばれ、各国政府機関やメーカの代表者によって今も研究が続けられている14) 。
  OSIとはまったく別のアプローチによって生まれ、既に開かれたコンピュータ・ネッ トワークにおける事実上の標準となってきたのが、TCP/IPプロトコル群、すなわち インターネット・プロトコル・スイートである。前述のように、TCP/IPもアーパネ ットで開発され、1980年にアーパネット自身のプロトコルとして採用されて以後、膨大な 数のユーザを巻き込み、インターネットを世界的規模にまで成長させてきたという大きな 実績がある。TCP/IPを搭載したネットワーク間では、ユーザは幾つものネットワー クの中を自由に漂いつつ、求める情報資源へとアクセスすることが可能であり、自由度の 高い、開かれたコンピュータ・ネットワークの世界が実現されている。TCP/IPにお けるネットワーク・アーキテクチャについては、後で簡単に解説する。
  情報の公開と共有を第一義に考える学術情報の分野が、このような開かれたコンピュー タ・ネットワークを強く志向していることは言うまでもない。ユーザが自分のデスクのワ ークステーションから、どのような方法でキャンパス内ネットワークとつながったり、世 界中のネットワークへアクセスすることができるのか。以下、LANとインターネットの 仕組みについて、少し見ておくことにしたい。