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9 映画“Kathputali”の製作実践と観客の反応



▲“Kathputali”(カタプタリ:人形、邦題『カタプタリ〜風の村の伝説〜』51分)を撮影中の伊藤敏朗

ネパール映画の現状を、現地における製作実践を通じて内側から解明し、あわせてネパールの映画観客の反応を調べることを目的として、中篇劇映画“Kathputali”(カタプタリ:人形、邦題『カタプタリ〜風の村の伝説〜』、51分)を現地ロケにて製作した。

“Kathputali”のテーマには、内面的なテーマと外形的なテーマの2つがある。内面的テーマとは、この映画が、主人公の少年が成長を遂げていくなかでの、心の奥底にある‘純粋さ’(本作ではネパール語の‘プレラナ’:霊感という言葉で表現される)の喪失と回復を描いた物語であること、外形的テーマとは、本作がネパールの文化、伝統的建築や街並みなどの保護の大切さと難しさを訴えていることである。

この二つのテーマは別のものではなく、その地で暮らす人々の豊かな内面性があってこそ歴史や文化への愛着が生まれ、歴史と文化の継承が豊かな人の心を育むというのが本作の主張である。忙しい現代人は、この単純で平凡な真理を忘れがちであり、そのために苦しんでもいる。ネパールはその大切なものを思いださせてくれる奇跡の大地なのだというのが本作のメッセージであり、日本人がネパールで本作を手がける意義と考えられた。

“Kathputali”は、2008年3月2日、ナガルコットの山奥のバタセ・ダラ(‘風の村’の意味)というタマン族の小さな集落でクランクインし、同27日、クランクアップした。撮影期間中は、スタッフやキャストが一丸となって支えてくれ、映画表現の技術や感性は、世界に共通するものであることがわかった。撮影したテープを日本に持ち帰って編集し、2007年8月に三たび現地入り、カトマンズのスタジオで、台詞のアフレコと音楽収録を行った。その後、仕上げ作業を行ない、同年12月に完成した。最初のネパール渡航から1年間の製作期間だった。

“Kathputali”には、妖精から手渡される風車に、妖精が子供時代の人間に与える大切なプレラナ(霊感、インスピレーションの種のようなもの)の意味を託したり、ラメスとニサが、ひとつのお菓子を口にした‘間接キス’が、ラメスの心の中に、初恋にも似た甘く心地よい想い出として心の深層に留まり、その生涯を支えることなど、いくつかの暗喩が用いられている。このような映画が、ネパールの映画観客にどのように受容されるのかについて、2008年3月17日の現地プレミア上映会への来場者を対象に調査した結果(回答57人)、これらの観客が、本作のストーリーやテーマ、映画的表現の意味などを正確に理解し、好意的に評価したことがわかった。

以上の製作実践を通じて、現在のネパール映画のスタッフ・キャストの技量や労働環境、上映にいたる許認可のプロセスなどの内実をつぶさに知ることができた。