初出:『一夏会報』 Vol.46 (1996.12) pp.8-30
国外調査出張報告1996

米国における電子図書館化の動向


伊藤敏朗


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[ 目次 ]
1.公共図書館の電子化へのとりくみ
  1.1 サンフランシスコ・セントラル・ライブラリー
  1.2 ニューヨーク公共図書館SIBL
    1.2.1 SIBLのコンセプトとシステム
    1.2.2 クラスルームにおける利用者教育
  1.3 充実する公共図書館

2.大学図書館・メディアセンターの発展
  2.1 カーネギー・メロン大学における電子図書館プロジェクト
  2.2 視聴覚教育支援体制
  2.3 映像ライブラリーと映像学教育
  2.4 大学教育の経営風土について

3.まとめ

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1.公共図書館の電子化へのとりくみ

 1996年(平成8年)の春、米国の西と東で、図書館週間に前後して、注目すべき2つの新しい公共図 書館が誕生した。サンフランシスコ・セントラル・ライブラリーと、ニューヨーク公共 図書館の科学・工業・ビジネス分館(SIBL:The New Science,Industry & Business Library ) である。両館はともに、館内の閲覧室から利用者が自由にインタ ーネットへアクセスすることを保障し、インターネットを情報インフラとしてフルに活 用した図書館サービスを機軸においていることで共通している。概要を簡単にご報告さ せて頂きたい。

1.1 サンフランシスコ・セントラル・ライブラリー

 その充実した活動内容と美しい建築で有名な旧館の隣に、クラシック・モダンな外観 を装い完成したのが、新しいサンフランシスコ・セントラル・ライブラリーである。
 開館日の4月18日には、この日を待ちかねた市民1万人以上が押し寄せ、テープカッ トと同時に、「まるでロックコンサートの会場になだれこむような群れ」となったそう で、新しい図書館に対する市民の期待の大きさが察せられた。筆者が現地を訪れたのは その5日後のことだったが、いまだその興奮おさまらずといった感じで、広大な館内に はムンムンとした熱気が溢れていた。
 「愛書家の聖域というよりは、空港のロビーのよう」と現地の新聞が伝えるその建築 は、中央部に巨大な吹き抜けを持つほか、開架式閲覧室内の各所にも吹き抜けと、それ を渡る通路によって、立体的に見通しよく構成されていて、それぞれの主題コーナーの ロケーションが非常に分かりやすく移動し易いことが、まず快適である。
 館内には、すでに200 台以上のワークステーションが実装されているが、そのほかの 館内の全ての閲覧机にLANコンセントが標準装備されていることに驚かされた。閲覧 机は1人用から12人用くらいまでいろいろなタイプがあるが、その全てに各々1口から 6口程度のLANおよび電源コンセントが設けられている。
 床はフリーアクセスではなく、床面のタップにプラグを差し、そのケーブルが閲覧机 の内側を伝わって天板上のコネクションまで連結されている。筆者の経験からしても、 これはネットワークの構築担当者と、建物の設計・建築との間で相当に綿密な計画が練 られていたことの成果であろうことが想像され、同館の電子化対応への強い意気込みが 感じられたのと同時に、人々の生活の中に、自分のノートブック・パソコンを情報コン セントに接続して情報をとりだすというスタイルが、想像以上に浸透していることを物 語っているように見えた。
 実際、同館はインターネット上に充実したホームページを提供して積極的にオンライ ン・サービスを行っているほか、WWWのブラウザではないOPAC端末や、各資料の ロケーションを案内するための、タッチパネル式の情報端末装置なども数十台設けられ ているが、多くの利用者がそれを実に上手に操作しては、目的の情報をプリントアウト したり、目指すフロアへと踵を返していくのが印象的であった。
 それにしても地域史料、視聴覚資料、マイノリティー、同性愛などなど、まことに多 種多様かつユニークなコーナーが各フロアに点在し、様々な人種・年齢・階層の利用者 が詰めかけていて、広い館内にはち切れそうな熱気が漲っていたことに感銘を受けた。  なお旧館のほうは、内装をリニューアルして美術館へと改装されるとのことである。 [ 目次にもどる ]

1.2 ニューヨーク公共図書館SIBL

 ニューヨーク公共図書館は、この5月2日に、インターネットを介して世界中から利 用できる電子図書館をオープンした。これほど明確に電子的な利用を前提とした図書館 を建設すること自体が世界で初めてであるなら、 400台もの高速ワークステーションと 強力なネットワークを惜しげもなく無料で一般公開し、かつ極めて組織的に一般市民へ コンピュータ利用教育のプログラムを提供しようとする試みも、これまでの公共図書館 の歴史において初めてのことであろう。
 この歴史的な開館記念式典に、筆者は日本からの図書館関係者としてはおそらく唯一 出席し、感動的なセレモニーの一部始終を目のあたりにできた。式典ではこの図書館の 寄付者や館長らの簡潔なスピーチに続いてテープカットが行われ、館長が両手を高々と 掲げ“Welcome to the New SIBL!”と宣言。これにあわせて、ジャズの生バンドが軽快 に“A列車で行こう”を演奏し始めると、式の参加者達があちこちで手をとりあって踊 りだし、そこに外で待っていた利用者もどっとなだれこんできて、広いロビーは人々で ごったがえして、完全なお祭り広場と化してしまったのだった。 [ 目次にもどる ]

1.2.1 SIBLのコンセプトとシステム

 公共図書館としては世界最大規模を誇るニューヨーク公共図書館(New York Pulic Library:NYPL)も、近年はさすがに手狭となり、また科学、産業、ビジネスの各分 野のリサーチライブラリーは、単に施設が狭隘なだけでなく、最新の情報環境の提供が その伝統ある建築物の中では展開不能な状況となっていた。
 そこでこれらの分館は共同して、中央館から6ブロック下がった場所(従って、エン パイア・ステートビルの1ブロック東隣といった方が適切である)にあった旧いデパー トを改造して(建物の寄贈を受けたものであるらしい。実際、同館の中には様々な寄付 者の名前が無数に彫り込まれている)、地下2階から地上1階までを完全にリニューア ルし、新たに科学・工業・ビジネス分館(SIBL:The New Science,Industry & Business Library )として生まれ変わることとなった。
 同館はただ文化的な利用にとどまらず、「バーチャル・オフィス、バーチャル革命を 支援する」ことを目的としている。「情報技術の発展によって、バーチャル・オフィス が現実となった。いまや誰とでも、いつでも、どこからでも電子的にコミュニケーショ ンできる。伝統的なオフィスの必要性は薄れてきている。この動きを本館は一層支援し 広めていく」というのが、そのコンセプトだということである。
 SIBLの利用者に開かれた構造は、地下1階と地上1階の2つのフロアで、これが 大きな吹き抜けでつながっている。
 地上は主として参考文献、地下には数室のワークステーション室やマイクロリーダー 室がある。ワークステーション室のうち4室はクラスルームになっており、毎日、さま ざまな教育プログラムが開講されることになっている。
 ワークステーションは予約制の場所と、フリーの場所がある。機種はゲートウェイ20 00、マッキントッシュなどが多いようである。各ワークステーションごとに1台づつH Pのレーザープリンタを備え、プリンタにはシャープのカードリーダがついていて、利 用者は所定のコピーカードを自動販売機から購入することにより1枚20セントで自由に コピーを得ることができる。
 ワークステーションの電源を投入するとSIBLまたはNYPLのホームページとな り、ここから同館の所蔵する資料の検索やCD−ROMサーバの利用に進むか、外部の データベースへ進むかを利用者が選択していく。
 これらのプラットホームは統一されており、データベースの乗り換えは極めてスムー ズで、異なる検索環境に入っていくという違和感をほとんど感じさせない。こうしたと ころに、コンピュータ利用環境の先進性を痛感する。
 ネットワーク基盤は相当に強力に設計されているようで、同館は開館直後から、400 台のワークステーションがただちに満席状態となったが、筆者の利用中、回線状況はき わめて良好でレスポンスも素晴らしく早かった。ネットワークがこれほど快適な状況で あれば、一般利用者の同館の利用の感銘は極めて深いものとできるだろうと思われた。
 当然、SIBL自身、外部からアクセス可能であり、インターネット経由でアクセス したユーザーは同館のホームページ上に巧みに編集されたリンク先をたどることで、米 国内外でインターネットに接続している他の図書館や研究機関などへスムーズにアクセ スしていけることになる。その意味でもはや同館は、そこに収蔵されている資料の提供 を行うということもさることながら、さまざまな利用者と情報との出会いの機会を提供 する、情報の乗り換え駅のような役割を果たそうとしているわけで、これはインターネ ット時代の図書館サービスの新しいあり方を強く示唆しているものと言えるだろう。
 SIBLのホームページにおいては、同館の所蔵する図書・雑誌など約 200万巻の電 子目録が情報検索の出発点であるが、その検索の結果、フルテキストも獲得できるか、 抄録ないしコンテンツしか得られないかといったことは、もともとの資料がどの程度電 子化されているかによる
。  SIBLは、機械可読の形に電子化されている情報を網羅的に収集することを目標と しているらしいが、出版物の電子化のレベルや形態はさまざまであり、SIBLとして はその内容にまで手を加えるわけにはいかないので、電子媒体が存在しない資料は書誌 データのMARC化と公開のみにとどまる。とはいえ、SIBLのコレクションの中核 をなす資料は、企業名鑑など科学・産業情報のリソース情報、世界各国の公文書、貿易 関連法務資料や統計、標準化機関などのレポートなど、すでにかなり以前から電子化さ れ蓄積されてきた分野のものが多く、同館の利用者の要求に合致したものとなっている わけで、その意味では電子化情報の提供レベルは極めて高いものになっていると言える であろう。[ 目次にもどる ]

1.2.2 クラスルームにおける利用者教育

 同館の運営上でさらに驚かされたのが、このようなコンピュータ利用についてのクラ スルームの実施である。
 同館にはクラスルームが4室あり、それぞれワークステーションを20〜30台設置して いる。内容は検索ツールを利用した資料探しのノウハウ、データベース活用法、ネット ワーク利用、ワークステーション初級〜上級、ラップトップ・パソコン教室など多彩で あり、それぞれが30分から2時間程度の内容である。これが並行して行われるので、毎 日の開講クラスは12〜20クラス程度にのぼることになる筈だ。その多くは無料で受講で きる。
 受講希望者は、SIBLの入口にあるインフォメーション装置から、クラスを選択し て、自分の希望クラスと希望時間を選び、次に自分の名前を入力して予約を行うことが できるようになっている。
 このインフォメーション装置はタッチパネルになっており、サンフランシスコ・セン トラル・ライブラリーのそれと同様に、館内各部署のロケーション案内を行うほか、N YPLの歴史を動画像で紹介したり、ワークステーションの予約ができたりといった、 強力なマルチメディア・インタラクティブ機能を備えている。何より驚いたのが、利用 アンケートに答えると、その場で集計結果がグラフになって表示されることである。そ の結果を初日および1週間後に見てみたところ、同館のサービスに満足しているという 人々が圧倒的であった。
 ワークステーション室の入口のカウンターには、常に数人の係員が待機していて、館 内のワークステーションの利用指導は勿論のこと、世界各地の電子情報拠点へのアクセ スのレファレンスなども行うということで、電子情報の利用に対するよろず相談所的な 役割をも果たそうとしているようである。
 従ってここに詰めるスタッフは図書館学とコンピュータとネットワークのエキスパー トばかりということになるが、このように、単に機材・設備を設置させるだけでなく、 それを必要とするところに必要な人員を惜しげもなく張りつけるというところが米国流 という気がする。
 こうしたサービス体制の充実ぶりをみれば、同館が名実ともに世界初の公共電子図書 館としての名誉ある地位を獲得し得るだろうことは容易に予想される。SIBLの誕生 は、電子図書館時代の幕開けとして、ひとつのエポック・メイキングであることは疑い なく、また図書館が今後のディジタル時代を乗り切っていくための明確な方策と目標を 与えてくれるものだと思われる。[ 目次にもどる ]

1.3 充実する公共図書館

 このように先端的な機構を備えたSIBLだが、もちろん、印刷媒体のコレクション の充実ぶりも素晴らしく、開館初日から貸出窓口には長蛇の列ができ、どの利用者も今 日の開館を心待ちしていた様子が見えた。
 これほど高度で実用的な産業・科学情報を市レベルの公共図書館が提供するというこ とは、わが国には例が少ないのではなかろうか。日本の公共図書館のコレクションは一 般読み物や地域資料、児童書などが中心であり、無論優れた内容のものではあろうが、 第一線のビジネスマンが眼前の仕事の問題を解決するために訪れるというのには、いさ さか趣が異なるというのが普通だろう。
 ニューヨーク公共図書館においては、他の多方面にわたる分館も、それぞれが豊富な コレクションと充実したレファレンス機能を提供しており、各館とも昼間から、さまざ まな職業・階層の老若男女で混雑していて、筆者はこうした利用者の熱気というものに 言い知れない衝撃を受けたものであった。
 そして、こうした状況のなかで図書館が、「情報弱者を放置しない」という教育的使 命を強く自認しているということが強く意識された。
 筆者は今回の旅で、このほかピッツバーグやラフィエットなど、小都市の公共図書館 も訪れることができたが、そのどれもが日本での県立中央館以上の規模を持ち、各専門 分野での充実したコレクションを有しており、近隣の大学図書館ともオンラインで接続 され、地域のリサーチセンターとしてビジネスマンや農家からの情報要求によく応えて いるということが理解できた。
 一方、各館とも充実した児童書コーナーがあって、子供たちで賑わっていたのだが、 ピッツバーグ公共図書館の児童書コーナーでは、マッキントッシュほかのコンピュータ が10数台も並び、3歳前後の子供たちがマウスを器用に操作して電子絵本などを楽しん でいるのを見て舌を巻いてしまった。もっとも、ここでは3週間前にこれらの機器が設 置されたばかりで、担当の図書館員らも、自分たちもコンピュータのことは余り良くわ からないが、毎日子供に使い方を教えながら自分でも勉強しているようなところだと笑 ってくれたので、何だか少しホッとしたりした。
 しかし書店などを回っても感じたが、米国ではあらゆる分野のCD−ROM出版が大 変に盛んであり、また幾つか観たサンプルは極めて巧妙で面白くできていた。テレビで も、コンピュータのハードウェアのコマーシャルはさほどでもないが、CD−ROMや インターネットのCF(接続サービスのCFと、サイト自身のCFとがある)が非常に 目立った。
 このような電子出版物の広い普及があり、公共・大学図書館がさらにそういう時代を リードしていくような積極的な電子化プロジェクトを推進するという、ハード・ソフト の渾然となった図書館文化・出版文化の進化というもののエネルギーの大きさは、日本 にいてはちょっと想像のつかないものであった。 [ 目次にもどる ]

2.大学図書館・メディアセンターの発展

 今回の筆者の旅の主な目的は、米国の大学図書館における電子図書館プロジェクトに ついて視察することで、4月末から約3週間、カリフォルニア大学バークレー校、同ロ サンゼルス校、スタンフォード大学、パーデュー大学、カーネギー・メロン大学などを まわってきた。これらの大学図書館の電子化プロジェクトについては、すでにわが国に も紹介されていることが多いので、ここでは特に印象深かったポイントについてのみ、 ご報告させて頂くこととしたい。

2.1 カーネギー・メロン大学における電子図書館プロジェクト

カーネギー・メロン大学は、ペンシルベニア州ピッツバーグにある中規模の私立大学 で、米国でも最もコンピュータ教育に力を入れている大学として名高い。1900年の創立 以来、工学部や美術学部、ビジネス学部において有数の専門家育成教育を行ってきてお り、世界的な研究センターが多く設立されている。これらのセンターは、NSF(全米 科学財団)や国防省などからの財政援助によって賄われている。その代表的なものはロ ボティックス研究所、工学設計研究センター、ソフトウェア工学研究所などである。  同大学図書館における電子図書館プロジェクトを世界的に有名にしたのが、画像(イ メージ)ソフトウェアによる雑誌論文のフルテキスト情報(エルゼビア社の発行する材 料科学の雑誌43誌の全頁イメージ・データ)の提供である。“TULIP”といわれる このシステムについては、筆者も携わった別のテキスト(『ネットワーク時代の学術情 報支援』開成出版刊,1995年)でも詳しくとりあげているので、ここでは述べない。も っとも同システムも開発後しばらくは実験的な要素が強く、課金制度も含め実用段階に 達したのは、やっと昨年のことだという。“TULIP”の成功は、わが国では数年前 からしきりに喧伝されていたものだが、このあたりの実情というのは文献からだけでは 、なかなかわからないところかもしれない。
 さて今回筆者は、同大のロボティックス研究所がNSFの募集した電子図書館実験プ ロジェクトに参加して、人工知能と音声認識を組み合わせた検索システムによってビデ オ・オン・デマンド(VOD)をコントロールする、まったく新しいスタイルのマルチ メディア図書館システムの実用実験を行っているのを視察できたので、ここに紹介した い。
 このシステムは、“INFOMEDIA”と名付けられている。
 最初に、素材となる視聴覚資料の音声トラックをコンピュータで解析してテキスト化 する。次にそれぞれの単語の重要度等も自動的に判定しつつ、映像と同期したアドレス を付与しながら、サーバ・マシンに映像・音声・テキスト情報をリンクしてディジタル で蓄積しておくのである。このエンコードはMPEG1で行われる。
 利用者は、端末機につながったマイクに向かって、自分が知りたいことを訊ねる。こ れもコンピュータが音声認識してテキスト化し、人工知能によって、キーワードとなる 言葉を抽出する。キーワードはただ単語として羅列されるだけでなく、重要度に応じて 色分けして表示される(最も重要な言葉は赤など)。
 このキーワードによって、蓄積データを検索し、その検索結果に該当する映像を、映 画フィルムの駒割り画面のような小さな静止画像を並べて呼び出すことができる。これ らの画像も、人工知能によって優先順位が表示されており、最も関係の深い映像には、 濃い色の縁どりがつく。
 利用者がその結果に満足すれば、マウスでその画面をクリックすると、その該当箇所 から映像・音声が再生スタートする、という仕組みである。
 要するに、コンピュータに向かって「あれが知りたい」と声を発するだけで、コンピ ュータが「こうですよ」と音と映像で答えてくれる、というマルチ・メディア図書館の 最も進んだ姿を実現してみせたわけである。
 驚いたことに、このシステムは既に実験室を出て、同大学に隣接する公立高校の図書 室に設置され、教育用途にすでに実用化されている。ソフト会社も提携協力して、既に 800タイトルもの教育用ソフトがこのシステムに蓄積されているということである。
 もっとも教育用ビデオソフトから得られる情報には、ある程度の内容の偏りがあり、 多くの利用者の要求にたいして必ずしも万全の答えを導くことは難しい。
 そこで実験室のデモ機では、テレビのニュース映像も多数とりこんである。テレビニ ュースのコンテンツが極めて豊富であることと、米国においては、現在すべてのテレビ ニュースに、クローズド・キャプション(字幕多重放送による文字データ)が付加され ているために、テキストデータの作成が容易であるということによって、その蓄積デー タの守備範囲が極めて広範で敷衍的なものとできるからである。
 そのため、同機のデモンストレーションにおいては、筆者の発する大抵の単語に対し ても「回答ゼロ」というケースは生じなかった。
 なお、テレビニュースは著作権処理の問題があり、こちらの方は先の高校にも公開さ れていない。デモ機にだけ、このように機能を充実させているのには、我々のような見 学者対応もさることながら、資金を提供しているスポンサーへの説得のために不可欠で あるから、ということだろう。このあたりに産学共同の盛んな同大学の特色の一端をか いま観た気がした。
 この、“INFOMEDIA”に用いられているテクノロジーは、音声認識、スペル コレクト、人工知能、ビデオ・オン・デマンドなど、それぞれは既知のものであり、必 ずしも驚くべきものではない(無論、それぞれが高いレベルのものではある)が、それ 全体にこのようなコンセプトを与えてトータルデザインし、実用化してみせるところに 、この研究所の底力のほどを感じさせられた。
 ところで、“INFOMEDIA”の映像情報を解析しているのは、これに附帯する 音声の解析(認識)、すなわちテキスト情報の解析であって、人工知能としてはまだま だ初歩レベルのものともいえる。今後の関心は、コンピュータが画像そのものを見、そ こに何が写っているかを「理解」できるようになるのかどうか、という点であるが、こ れについて同研究所長の金出武雄教授(15年前から同所長、前任は京都大学)にインタ ビューしたところ、極めて明解に「それはたやすいことである」との回答を得て驚いた 。その内容はここでは省くが、筆者はこのインタビューから、人間の知識のある部分に ついては、コンピュータが十分に置き替え可能であるということについて、興味深い示 唆を幾つも得ることができた。[ 目次にもどる ]

2.2 視聴覚教育支援体制

 今回の視察目的の一つに、各大学における視聴覚教育の支援体制・施設等を調査する ことがあった。各大学とも、図書館内で視聴覚資料の収集・提供や簡易な教材制作を行 っているメディア・センターと、図書館とは別組織で視聴覚教育支援のための組織を併 わせ持っている例が殆どであった(ただし、建物は同じというケースも多い)。
 後者の例で、今回特に詳しく調査できたのは、パーデュー大学の Center for Inst- ructional Services:CISと、ピッツバーグ大学の Center for Instructional Development である。両者とも、地域CATV局としての機能を併せもち、キャンパス 内の2〜4か所のスタジオ教室の授業を放映・収録したり、ビデオ教材化して地域企業 等への通信教育の教材として活用するなどしていた。
 パーデュー大学のスタジオでは、放映を見ている視聴者から、番組中に電話をうけて 、その場で教師が返答をするような双方向性のあるテレビ授業を行っていた。スタジオ 教室の教卓には、タッチパネルで視聴者からの電話を教員が手元で切り換えて応答でき るようにした装置も備え、教育効果を高めているというところは特に驚きだった。
 両センターとも、テレビだけでなく、フィルム・スライド等の資料サービス、グラフ ィックス教材、その他ディジタル・メディア教材の制作など、およそ教育に必要な諸メ ディアについての幅広い業務を担っている。
 最近では伝統的なグラフィックスやスライド・OHP教材の制作プロダクションを縮 小して、ディジタル・メディアによる教材制作が急速に普及しているようである。教員 がそうした新しいメディアを使いこなせるように指導・アドバイスを行うためのセクシ ョンやインストラクターも要所に配置されている。
 さらに、これらキャンパスの各教室の視聴覚設備を設計・施工したり、視聴覚資料や 機材を貸し出したり、その上映操作その他の授業運営について補佐したり、さらに機器 をメンテナンスするなどの工作室や機材プールも非常に充実している。 これらのサービスを行うための専門の技師や学生スタッフもあわせ、常時 100人をこえるス タッフによって運営されている。
 こうしたセンターの規模や業務内容は、日本の大学の視聴覚センターの比ではない。 教員からの要望もシビアなのだろうが、教育に必要なサービスならば惜しげもなく実践 しようとする大学経営の姿勢が彼我ではまったく違うということを感じ、このような教 育実践についてのとり組みの差が、輩出する学生の質、そして国家の将来に歴然とした 差を生じないということがあるだろうかと、わが大学教育と国の将来について、なにか 不安なものを覚えずにはいられなかったのである。 [ 目次にもどる ]

2.3 映像ライブラリーと映像学教育

 今回の視察で筆者が楽しみにしていたのが、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼ ルス校)のフィルム・テレビジョン・アーカイブであり、また、スピルバーグやジョー ジ・ルーカスといった世界的な映画監督や俳優を輩出している同大の映画・テレビジョ ン学科への訪問であった。
 UCLAフィルム・テレビジョン・アーカイブは、米国議会図書館のフィルム・ライ ブラリーに次ぐ、世界第2位の映像コレクション(240万点)を誇っており、その貴重な コレクションを強力な電子目録システムで管理し、インターネットでも公開している。
 同館事務長の Mr.Steven Ricciは国際フィルム・アーカイブ連盟の役員であり、UC LAのWWWサーバに同連盟のホームページも構築していて、連盟のニュースや映像素 材の収集・保存等の技術レポートをインターネット上に発信している。
 一方、映画・テレビジョン学科の映画・テレビ演習のためのスタジオは、日本の映画 会社の撮影所を上回る規模の施設と機材を持ち、舞台装置や小道具を制作するための工 場や、映画鑑賞用の大きな劇場(貴重な映画コレクションを毎日上映しており、地域住 民にも公開されている)なども運営している。さらに特殊効果技術やディジタル・メデ ィア開発の研究所、CATVのマスター・コントロールセンターも有している。
 視察の後半では、東海岸に移動し、ニューヨークでは、放送博物館: The Museam of Television & Radio におけるロボット・ローディング装置を利用した映像ライブラリ ーや、近代美術館: Musiam of Modan Art:MOMAの映画コレクション・シアター、国 際写真センター:Inter National of Photografiesの写真アーカイブなども視察できた 。また、ニューヨーク公共図書館のダネル分館の視聴覚センターでは、16ミリ、ビデオ、 CDのコレクションやその貸し出しサービスの充実ぶりに目を見張った。同館では、6 室の小部屋に16ミリ映写機が備わっており、一般利用者が自分で映写機を操作して16ミリ映 画を上映して鑑賞しているところを見て驚いた。
 このような映像ライブラリーのコレクションの充実ぶりや、その地域社会に根ざした 活用のされ方というものから、米国における映像資料の文化的・歴史的価値に対しての 認識の高さを窺い知ることができたと思った。
 またニューヨークの街角で、ニューヨーク大学のメディア学科の学生が、16ミリカメラ を持ってロケしている場面に度々出会って、熱心な演習風景を見物できたことは楽しか った。街中や地下鉄のホームでも、コロンビア大学やプリンストン大学の映 画教室のポスターなどがとても目についた。
 こうした映像教育の裾野の広さや水準の高さ、さらにそのバックボーンとなる映像ラ イブラリーの充実ぶりなどを見ると、アメリカが世界の映画・テレビメディアを殆ど独 占的に席巻しているという状況にも、まったく当然という思いがするのであった。

2.4 大学教育の経営風土について

 ところで米国の大学図書館や教育サービス機関が、このように次々と新しい事業を行 ったり、電子図書館プロジェクトを開発していくことのできる背景には、日本と異なり 、組織の改廃や職員の雇用(解雇)がかなり柔軟に行える経営風土があることも、今回 の視察でよく理解できたところである。
 米国の大学では、教員も含めた職員や大学の機関に対して、常に厳しい評価の目が向 けられており、図書館もまた、利用者の高度な要求レベルを先どりしつつ、次々と実績 をつくっていかざるを得ないという宿命を負っているということであるようだ。
 職員の雇用の柔軟性ということでいえば、例えば、カリフォルニア大学バークレー校 の図書館では、スタッフの総人数 400人というのは15年前から同じであるが、この間に カタロガー 200人が中途解雇され、かわって同数のシステム技術者が雇用されたという ことであった。そういう厳しい経営姿勢があればこそ、時代の先端を走りつづけていく ことができるのだという話しには、つくづく考えこまされるところがあった。即ち図書 館学の旧弊な部分は次第にその拠り所を喪失し、コンピュータ・サイエンスの一分野に 吸収併合されつつあるのではないか、という見解である。
 ちなみに、同校図書館は職員と同数の学生スタッフを常時雇用しており、つまり図書 館の運営スタッフは通常 800人体制であるということにも驚かされた。
 壮大な建築規模、各館とも1000万冊を超えなんとする膨大な蔵書数、スタッフ数、そ して柔軟性と革新性に富んだ組織・運営の体制など、とにかく米国の大学図書館事情の もの凄さというものには、しばしば目のくらむ思いがしたのであった。 [ 目次にもどる ]

3.まとめ

 こうして米国を巡ってみると、現代はコンピュータとネットワークの時代だというこ とを改めて認識するとともに、今後ともその高度化はますます進み、情報通信基盤とい うもの進むべき方向もまた明らかなものとなってきたという感想を持った。今後は、情 報の中身と質が重視されてくることは間違いなく、医療や教育などとともに、公共性・ 有用性の高い電子図書館というものの登場が、人々の大きな期待を集めているというこ ともよく理解できた。
 インターネットの普及とマルチメディア関連技術の進展により、電子図書館は現実味 を帯びてきており、その関連プロジェクトはまさに今花盛りといった感がある。
 米国の図書館においては蔵書目録のオンライン化はすでに常識となり、現在は電子出 版物の提供が急速に普及しつつあることも確認できた。
 カーネギー・メロン大学では、コンピュータ科学の論文誌を、最初からペーパーレス でスタートさせる共同プロジェクトも始っており、学術雑誌の電子化はこれから10年程 度で急速に進むだろうという話しであった。このような視察結果から、これまで、今ひ とつその実態が把握しきれていなかった「電子文献」について、その特徴が整理でき、 応用技術の確立ぶりも確認することができた。即ちその特徴とは、1)物理的・時間的制 約を受けず、複数人が同時に利用できる、2)検索・リンケージが容易で問題解決支援ツ ールとなる、3)複製や加工が容易、などのことにまとめられるだろうし、これがそのま ま電子図書館サービスの特徴とも言えるだろう。
 現在の図書がすべて電子化になじむとは思われないが、学術雑誌や辞書類等の参考図 書、時刻表とか電話帳等、随時に更新される出版物等は電子化に適していると言える。 経済統計など、電子的な2次的な利用を施し、計算や作表、解析や加工を行いたい情報 などは最も電子化の求められるところであり、米国は既にそういう状況である。
 一方、今回の視察を前に、図書館先進国の米国において各館の蔵書数や人員が圧倒的 な規模であることは、ある程度は承知していたつもりだが、実際に訪ねてみると、これ らの図書館で働くライブラリアン達の能力や士気が極めて高く、その業務が効率的に細 分化され組織化されていることなどに感銘を受けた。
 そしてその背景として、利用者の高度な利用要求や強い向学心があり、一方では教員 を含めた職員や大学機関に対しての、常に厳しい評価の目が向けられていることなども よく理解でき、さらには、こうした厳しい競争社会の背景に透けて見えてくるアメリカ 社会の抱える様々な問題についても、考えさせられるところが多かった。
 それにしても図書館の姿とは、その社会のあわせ鏡のようなものだということを、こ の巨大な図書館先進国のあり方から、まぶしいほど思い知らされたような旅であった。
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