1990年度 研修報告書 

ニューメディアと図書館

〜視聴覚資料の提供を中心に〜



清水保人





はじめに

 ニューメディアという言葉が定義する範囲は 広く、図書館サービスの概念もまた、広範な可 能性を含んでいる。本論では、
 1.ニューメディアと図書館の接点における 筆者の問題意識について概観した上で、
 2.その中でも、著者が日常業務として関わ る視聴覚資料の提供のあり方について、 1)視聴覚ライブラリー略史、 2)大学図書館に おける視聴覚サービスの現状、 3)視聴覚資料 サービスの課題、等について紹介することと する。
 3.最後に、ニューメディアと視聴覚資料の 融合された形での、「ハイパーメディア」の概 念について考察しながら、これからの図書館像 ・図書館員像というものを、うらなってみるこ ととしたい。

1.ニューメディアと図書館の接点で

 図書館において、オンライン系・パッケージ 系のデータベースの利用は、最も直截的なニュ ーメディア導入の在り方と言え、この数年で殆 ど日常的なものとなってきている。
 ここでは、利用者に対してのサービス提供の 場面での、筆者の問題意識を若干述べておきた い。例えば筆者が学生時代「ジクスト」を利用 した際、実際にキーボードの操作をしたのは、 殆ど図書館の人で、自らニューメディアに触れ たという印象は薄かった。これは不慣れな利用 で通信費用が膨むことを避けたい為、だからと 言って、一人一人の利用者を丁寧に指導するほ どの余裕もない、といった理由なのであろう。 が、こうした原因で、結局、利用者の足が遠の いてしまいがちだという話は、今もしばしば耳 にする。CD−ROMなどは、好きなだけ利用 者に触れてもらうことができ、メリットは大き い。が、新聞記事の検索などの場合、オンライ ンならば、当日の記事まで刻々と得られるのに 対し、CD−ROMではディスクが代わるまで 内容が更新されず、もどかしい思いをしてしま う。
 これらは一例にすぎないが、図書館における ニューメディアという問題を考える切り口もあ ると思われる。即ち、課金の問題、端末に対す るリテラシー向上の課題(利用者教育の課題) 、メディアによるタイムラグや精度の違い、等 々の問題点が指摘されよう。
 通信費の課金については、「図書館無料の原 則」に反するという声がある。とはいえ実際に コストのかかることについての受益者負担は、 当然とする見方もあり、著作権者への利益還元 という面からも、「図書館での利用だから」と いうことで、利用料金が免除・割引されるとい うことは少なかったのだが、これを図書館の有 為性の減退と見た場合には、事態は重大である 。最近になって「日経テレコム」などが、学校 関係者割引とも言うべき新価格体系を示してき たことは、大きな転機であり前進であろう。
 また、ニューメディアの活用は、ただキーボ ードの操作が上手なだけでは用をなさない訳で 、図書館員の存在意義はまさにこの教育機能と いうものではないかと考えられるが、この点で は、今後、抜本的・組織的な見直しが必要とい うのが、現状であろう。それなくしては図書館 は利用者からの信頼感さえ損ないかねないと、 筆者は危惧する。
 以上は、筆者の限られた経験を通じて見た、 図書館とニューメディアの接点における問題の 一断面であるが、本論ではない。以下は、近年 急速な普及を見せたビデオ資料の提供の現状か ら、その業務に携わる者としてのニューメディ アへの問題意識を述べてみたい。

2.視聴覚資料提供のあり方について

  1)視聴覚ライブラリー略史

 わが国の視聴覚ライブラリーの歴史は、戦後 の占領政策の一環として実施された「CIE映 画」に、その端緒を見出すことができ、昭和23 年の文部次官通達にともない、全国にCIE映 画の提供ネットワークが形成された「創設期間 」。28年講和条約発効とともに前通達が廃止さ れると、独自の教育映画の制作と、視聴覚ライ ブラリーとしての自主的活動が盛んに行われる ようになった「反動期間」。その運用形態が、 全国的に多岐にわたる様相を示すようになると 、ライブラリーの位置づけと機能について、更 に討議が重ねられた「自立期間」などの歴史を 経てきた、とされている。*1
 その結果、各地に立派な視聴覚ライブラリー が作られ、学校教材の提供基地としての機能を 柱に、多彩な活動が繰り広げられるようになっ た。しかし、これらの動きは、具体的にはフィ ルムライブラリーのことを示しており、図書館 とは、ある隔たりをもったもの、として捉えら れていた時代が長く続いたことは事実であろう 。
 それは、映画フィルムが高価で、取扱いが難 しく、特定の部署やライブラリーに管理が集中 しがちなうえ、上映会という形態が集団鑑賞と いうマス的構造であること、より教育工学的な アプローチ(教材の自主制作活動)への動的な 活動へと発展してきたフィルムライブラリーの あり方が、個人利用を柱とする図書館の静的な 活動になじみにくいものとして受け止められが ちであったことが指摘される。そのため図書館 における視聴覚資料の多くは、実際には、レコ ードを中心とする音声資料が専らという時代が 長かった。*2
 しかし昭和55年ごろになって、家庭用VTR が普及の兆しを見せ始めたことが、図書館にお ける映像覚資料の個人利用という命題に画期的 な解決をもたらし、ビデオ資料の導入が急速に 進んだ。昭和63年には、洋画を中心とする著作 権者と日本図書館協会との間に、著作権補償金 処理済のビデオ資料の提供を可能とする協議が 行われ、個人館外貸し出しが可能となった。こ れは市民に大きな喜びをもって歓迎され、市民 が図書館に期待するサービスの第1位にビデオ ・CDを中心とする視聴覚資料の提供があげら れるまでになった。*3
 視聴覚資料の充実は、図書館だけでなく美術 館・博物館においても積極的におこなわれ、昭 和63年には映像資料をライブラリーの中心とす る「川崎市民ミュージアム」が開館、平成元年 には、放送法が改正され、指定法人としての公 共ビデオライブラリーとして「放送番組センタ ー」の設置が決まるなど、自治体・国レベルで の視聴覚ライブラリーの充実に向けて、大きな 波がおこりつつある。

  2)大学図書館における視聴覚サービスの現状

 大学図書館においては、60年代からレコード 鑑賞を中心としたサービスが始められていたが 、80年代になってから、ビデオ資料の提供が急 速に発展した。首都圏では89年までにおよそ90 の大学図書館でAVブースが設置され、いまや 新築・改築の際などは、AVブースは必須の館 内設備とみなされるようになった。
 これらの運用方法を概観してみると、そのス タイルは当初は、送出式のものが多かったが、 次第にセルフ式のものが一般的になり、あるい は専任の担当者を置いていたものが、兼任担当 者に、ルームで行われていたものがコーナーで 、というように、台数の規模や提供資料数が増 加するのとは逆に、その運用方法は次第に容易 なものとなってきている。
 これはこうしたニューメディア機器に対する 、一般のリテラシーが向上した結果、とも分析 できる。一方、その資料の量と幅の充実ぶりは 、視聴覚資料というものが、単に日常的存在に なったので、図書館にあってもおかしくないと いうような消極的な理由によるのではなく、も はや教育・研究の上で欠くことのできない、無 視できない資料性を発揮していることを、物語 っていると言えよう。*4[資料参照]

  3)視聴覚サービスの課題

 ここで、筆者の経験をもとに、大学図書館に おける視聴覚サービスにおける課題のなかから 、簡単に幾つかの事項を挙げておくことにした い。
 まず、AVブースのシステムの構築に関する ハード面の問題については、これまでの各館の 努力と協力によって、かなり解決が進んだ。機 器の接続・設置といった問題から、視聴環境を より適性なものにしていく細かいノウハウ、ブ ース寸法への人間工学的配慮や実践的な運用に ついての情報交換まで、かなりの水準で確立し 得たと思われる。
 著作権に関する問題についていえば、日図協 と著作権者団体との協議のなかで「館内利用は 当面の間、貸出しと見なさない」という条項が あることからも、館外貸し出しをおこなわない 代償として、AVブースの設置は必須なものだ と言えるのだが、仮にこの問題がなくても、学 生利用者に対しての積極的な館外貸し出しは、 当面躊躇されよう。
 一方、大きな問題として認識されるのは、資 料構成と、サービスの質といったテーマである 。これは視聴覚資料の本質に関わる問題でもあ るが、視聴覚資料ことに映像資料は、観た者の 感性へ訴える力が強く、学習にたいする良いモ チベーション(動機づけ)を与えることが認め られているが、それが理性的な知識としてしっ かりと獲得される為には、文字情報による裏づ けが欠かせないということも、強く指摘されて いることである。
 図書館における視聴覚資料の提供は、従って 、それを入口として、図書世界へと学生利用者 を導くという位置づけでこそ真価を発揮するの であり、具体的に言えば、図書と視聴覚資料の 目録の混配などは、ぜひ必要なとり組みである と考えられる。
 現状では、視聴覚資料目録と図書目録との混 配に対しては、多くの館が未だに模索段階であ り、実践は少ない。が、日本目録規則新版の章 だてを見ても明らかなとおり、視聴覚資料の書 誌構造は、図書のそれと乖離することなく記述 でき、混配し得る筈であって、整理担当者の経 験が積まれるに従って、解決の方向が見出され ていくことを期待している。
 一方、一部の大学図書館では、ビデオ資料の 利用傾向として、劇映画に対する偏りが大きく 、堅い内容のものの利用は少ないということが 問題になっている。図書館サービスが多様化し て学生に歓迎されてもいるのであるが、やはり 図書館員としては、大学図書館で見るにふさわ しいものを選択し、提供することについて責任 を持つべきであり、そのための知識と理論を研 鑽すべきであることを主張しておきたい。筆者 の館について言えば、現在当館では、劇映画は まったく提供しておらず、ノンフィクションの ビデオ資料のみを提供しているが、活発な利用 がある。このことは、図書館利用の質というも のは、館として示すポリシーに大きく影響され るということを、証明するものであろう。
 従ってここで言えることは、ビデオ時代の図 書館と図書館員は、目新しい機器や資料にふり わまされることなく、資料を大学教材として正 しく評価できる力を身につけ、一方ではその母 体としての図書資料と有機的に結合する為の有 効な手段を提供しなければならないということ である。図書をさがすうちに貴重な映像とめぐ りあったり、ビデオを観たあとに、関連する図 書数冊に目を通すことができるというシステム の構築こそ、利用者に感銘を与え、図書館の存 在意義、信頼感というものを大きく高める仕事 であると言えよう。

3.ニューメディアからハイパーメディアへ

 以上のように、AVブースという言葉も、広 く認知される状況になってきたが、これからは 「メディアブース」あるいは「ハイパーブース 」と呼ばれるものが、図書館に並ぶ時代になる のではないかと、筆者は考えている。ここで、 現在ニューメディアという言葉に変わって台頭 しつつある、「ハイパーメディア」の概念に触 れてみたい。
 ハイパーメディアのハイパー(hyper= 越える もの) の由縁は、すべてのメディアを統合する ということで、機能的にはすべての情報を同じ ように処理できるということである。*5
 具体的には、ひとつのディスプレイでテキス トを読んでいる途中で、それに関係する別のテ キストや映像資料へと飛ぶなどの統合的処理が おこなえるものである。筆者の見た例では、例 えば、ディスプレイ上で動物学の本を読み進ん でゆき、ある動物名の文字をマウスでピックア ップすると、レーザーディスクがリモコンされ て、その映像を見られるというような仕組みで ある。操作の方法によっては数種類の動物の「 餌を捕る場面」だけとか「走る場面」だけ、次 々に呼び出して比較することもできる。番組を 頭から通して見るだけから、自分が参画し編集 しなおし考え学ぶという水準に踏み込んでいる 。
 図書館としては、これを学習の入口で使って もらって、これ以上詳しく知りたければ、あの 本棚のこの本を読みなさい、とアドバイスして くれるようなシステムだと良いと思ったが、現 在のこの装置も、キーボードを叩くと、本棚の 映像が現れ参考図書が背表紙を見せて並んでい て、図書館員がこの本棚に自館の蔵書を並べる などの加工ができるという、非常に興味深いも のである。例えば利用者に、個人用のICカー ドを渡しておいて、それをパソコンにかけると 最初は空の本棚の映像が現れる。図書館で本を 借りるとその本の背表紙が、この本棚に並んで いくという貸出システムも作れそうである。
 近い将来、図書館にハイパーブースが並んで いて、利用者はそこで、ひとつのモニター画面 のなかに、ひとつのキーワードを投げ込むだけ で、あらゆる辞書・事典その他もろもろのCD −ROMやら、オンラインサービス、関連する あらゆる映像・音声情報を呼び出すことができ るようになるであろう。利用者の個人用ICカ ードには、メディアブースでキャッチしたこれ らの電子情報の断片を、自分の抱くテーマにそ って再編集した、自分だけの「電子スクラップ ノート」が次第に完成されていく。そして図書 館員はその学習プログラムを洗練するプロンプ ター(隠れた台本読み)といった職能になる・・ そんなイメージが沸いてくるのである。
 考えてみれば、今の図書館の電算化というの は管理の為のシステムであって,利用者側の発 想ではないところがある。情報・コンピュータ ・AV・・これらが真に『ユーザーフレンドリー 』なものになっていくために、図書館員もいろ いろ知恵を絞る必要があるのではないかと考え る。*6

おわりに

 「図書館はあらゆる情報の基地である」とい うようなキャッチフレーズを掲げるとすれば、 図書館に無縁なニューメディアはあり得ない。 しかし、いま郵政省が音頭をとっている様々な ニューメディア事業のアンテナ・ショップとし ては、駅頭、コンビニエンス店、銀行、郵便局 などであり、「ひとの集まる場所」というもの に図書館は含まれていないかのような印象さえ 受ける。無論、システムとして未熟なものを、 何もかも図書館に導入することは無意味だが、 それにしても現在の図書館活動というものは、 この時代においてもまだ静的にすぎるのではな いか。メディアと情報に対する貪欲さこそ、ニ ューメディア時代の図書館員にとっての、重要 な資質ではないかと、感じる次第である。


参考文献

1) 関晶編:視聴覚ライブラリー,シリー ズ図書館の仕事,日本図書館協会(1988)
2) 伊藤敏朗:ビデオ時代の図書館と図書館員 に関する一考察, 図書館雑誌,Vol.77,No.12.
3) 読売新聞(1989.10.22)
4) 私大図協東地区部会研究部視聴覚資料 研究分科会編:AVブースカタログ'89
5) 浜野保樹:ハイパーメディアギャラク シー,福武書店,1988
6) 伊藤敏朗:AVブースからハイパーブー スへ, 視聴覚資料研究,Vol.1,No.1.


注記(資料4『AVブースカタログ '89』より)

 ここに掲載された、47事例のAVブースの平 均像をみてみると、
(1) ブースの台数・席数について・・・
  ビデオブース平均 8.3台、オーディオブースは13.1台、ビデオ・ オーディオ 兼用ブース8.1台で、平均18.7台が設置
(2) その設置面積は・・・
  ルーム によるもの 平均93.7m2 、コーナーによるもの 平 均30.5m2(1席あたり 2.2m2) 、
(3) AVブースに提供している資料と数量は・・・
  ビデオテープ平均 513点、ビデオディスク 平均272 点、レコ ード平均3972点、CD平均 777点、オーディオテープ平均 9 20点で、総平均は 4,392点となっている
(4) その運用状況は・・・
  開室時間の平均 45.8 時間/週、利用者数は 平均 623人/月、何らかのかたちで予約を受け 付ける館 9館、兼任による担当20館、専任によ る担当 9館
(5) また、AVブースの附帯施設として・・・
  小グループのための視聴設備を設けた館 8館 、視聴覚ホールに類する施設が有る館14館、ビ デオ編集装置に類する設備は16館で所有してお り、うち11館では電子編集機を備えている。
というように、相当な充実ぶりを示している ことがわかる。



伊藤敏朗:AVブースからハイパーブー スへ, 視聴覚資料研究,Vol.1,No.1(1989.10)p.11へもどる



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