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1 はじめに



▲パタンの街なかで行われていたネパール映画の撮影.広くはないカトマンズ盆地の中で多くの映画が作られるため,映画の撮影風景を目にすることは多い.撮影現場は常に人だかりができる.

ネパール連邦民主共和国(以下ネパール)の人口や経済規模を考えれば、同国の映画製作はきわめて旺盛な状況といえる。

ネパール映画は現在も国民的娯楽であり、映画館に詰めかけた観客は、スクリーンにむかって大歓声をあげ、歌い、ときに踊る。その熱狂ぶりは、この国の映画とは、われわれが知るそれとは違うメディアなのではないかと思われるほどだが、このようなネパール映画の存在は、世界にほとんど知られてこなかった。

ヒマラヤの懐に抱かれ素朴な人々が暮らす平和な王国というイメージとはうらはらに、ネパールの現代史は混乱と動揺の連続だった。映画産業も不安定な政情に翻弄され続けてきたし、いっぽう隣接する映画大国インドからの影響が甚大で、その強力な渦のなかにしばしば呑み込まれてしまうかのようでもあった。

が、そうしたなかにあっても、ネパール映画の作り手たちは、独自のアイディンティティを模索し情熱を傾け、営為を重ねてきた。より仔細に観察するならば、彼らの作品には、ネパールの歴史や政治、人々の宗教観や感受性などが色濃く反映された独自の芸術文化としての価値を見出すことができるのである。

同時に、ネパール映画を研究すると、映画が有する世界的な普遍性というものも浮かびあがる。いかに困難な条件のもとでも、ネパールの人々が自らの映画を欲してきたのは何故なのかという問いに思い至る。即ちネパール映画を見つめることは「映画とは何か、人はなぜ映画を必要とするのか」を考えることになる。

2008年、ネパールはその国家統一(1769年)以来、240年間の長きにわたった王政に幕をおろし、伝統社会の変容、経済規模の拡大、ディジタル情報化の浸透などが同時に進む錯綜した状況の渦中にある。世界の映画史をふりかえるなら、こうした混乱と希望の渾然とした時代において、その国の映画が大きな飛躍を遂げた例は多い。ネパール映画もまた、そのエネルギーが蓄積され噴出されようとしていることが感じとれる。

新たな映画スタジオの建設、新しい映画祭やワークショップの開催、ディジタル・シネマの製作やその配給網の確立、南アジアでは初めてとなる大学卒業資格の得られる映画学部の開設、少数民族映画の制作活動の活発化など、多様な取り組みが、一斉に開始されており、これからの発展が期待される。