初出:視聴覚資料研究 Vol.3,No.3 (1992.2) pp.228-231

ビデオテープの保存・管理を考える




伊藤敏朗




 図書館における視聴覚資料サービスが定着する なかで、「ビデオテープは実際にはどの程度の利 用に耐えるのだろうか?管理・保存の上ではどの ようなことに注意すべきなのだろうか?」という 問題がクローズアップされてきました。
 本誌(雑誌『視聴覚資料研究』) では、この分野の専門家である日立マクセ ル株磁気テープ事業部の帆山守さんに、幾つかの 質問をお送りしたところ、社日本磁気メディア工 業会発行の『Audio & Video tape じょうずな使 用法・保存法ハンドブック』という小冊子の存在 を教えて頂きました。また前後して同工業会から もこの冊子を送って頂くことができました。
 ハンドブックは全16頁。縦18.8センチ、横10.4センチの の大きさはVHSカセットに同じ。イラスト中心 の解説がわかりやすく、図書館業務にも大変参考 になると思われます。同工業会に内容の一部を本 誌に転載させて欲しい、とお願いしたところ正式 に許可が頂けましたのでご紹介しましょう。
一方、『図書館雑誌』最新号(1992.1)p.40-41 にはソニーの中村登紀男氏の「図書館におけるビ デオテープの保存と管理」という記事がグッドタ イミングで掲載されました。
 そこで工業会の『〜ハンドブック』の構成を見 ながら、中村氏の記事も参照しつつ、幾つかの要 点をまとめて考えてみることにしましょう。

1. 磁気テープはどのくらい保存できるか

 1枚に見える磁気テープも、実はテープの土台 であるベースフィルムに、磁性粉とバインダ(磁 性粉を接着している合成樹脂)を混ぜて塗った構 造。磁性粉に記録された信号は(酸化鉄の場合) 数千年の安定性があり、ポリエステル製のベース フィルムも数百年以上はもつ丈夫な素材です。
 一方、バインダは常温常湿(15〜20℃,40〜60 %RH)で30年以上の保存実績があるとのこと。各 素材のうち、バインダの寿命が保存期間のポイン トとなるわけですが、一部に言われるような「磁 気テープはしょせん一次的な記録でいずれ消えて 無くなる」というものではないようです。
 日立マクセルの帆山さん(前出)は、「1〜2年 の問題と数10年の問題が錯綜して語られ誤解を産 んでいる事もある。磁気記録は保存中に減衰しな いかと問われると、(科学的に)厳密には減衰する と言わざるを得ないが、実用上、感知できないレ ベル」とのこと。しかし「バインダの保存性」と 「短波長記録の減衰」については、明確に証明す ることが難しく、現在、国立大学の研究室に研究 依頼をしているそうです。

2. 磁気テープは何回くらい再生できるか

 次頁のように5分間静止画再生(9000回再生) もできるほどテープは強く、メーカーの品質目標 では60分間静止画再生(10万8000回再生)も可能 のこととしています。その割りには結論の「100回 以上の使用に耐えます」というのは、安全圏をと ったとはいえ随分控えめ(?) な数字です。
 『図書館雑誌』中村氏の記事(前出)でも「101 回目にダメになることを意味しているのではない ので、おそらく 200〜300 回使用しても問題は生 じないと思われますが、ライブラリー管理の目安 として 100回貸し出されたビデオカセットは、新 しく記録されたカセットに交換することをおすす めします」とし、貴重な内容のカセットは「2本 用意して、1本を貸出用にして、もう1本は貸出 用テープがダメージを受けた場合にダビングする マスターテープとして」保存し、貸出し用を 100 回使った後で新しいカセットを作成する時も同様 で、そのためにダビング特性の良い業務用VTR の使用をおすすめする、と書かれています。
 この点について帆山さんは、「レンタル用や店 頭デモビデオでは1000回を越える使用例は結構あ りますが、中村氏の推奨されている運用が妥当と 思います。テープが駄目になる原因は何かのトラ ブルでテープのエッジが傷つき、切断したり、シ ワになることが多く、静止画でテープ表面が擦り 切れる例は稀です。したがって、じょうずに使え ばテープは長持ちします。」と言っています。
 レンタルビデオ店を利用してもわかるように、 確かに人気タイトルのテープでは、画面にノイズ が走ったり、一部が流れてしまうなど、利用回数 に限界があることは残念ながら事実です。
 ライブラリーが著作権を持っている場合−例え ばテレビ局などでは、番組のマスターテープの再 生は必要最小限にとどめ、実際に利用されたり頒 布されるテープはすべて複製品ですし、技術的な 進歩につれて、旧い番組を新しい媒体(ディジタ ルVTRや光ディスク)にコピーしていって、番 組の「寿命」を永らえるということも行われてい ますが、図書館では、そうはいきません。
 中村氏も「著作権の問題は、図書館関係者の方 が詳しいと思われ…ここでは触れません」として いますが、ダビングを前提としての管理・運用方 法は、図書館として採用することはできない−と すると、ビデオの貸出回数が 100回を越えた頃に 再生チェックをしてみて(以後 100回利用ごとに チェックすると良いでしょう) 、具合が悪ければ 同じものを購入しなおすとか、選択・購入の時か ら数百回の利用が予想される場合には、同じもの を複数購入しておく、等の対処の方法しかないの のでないか、と思えてきます。
 実際に図書館のビデオテープが何回くらいの利 用で具合が悪くなってくるか、ということは、私 たちのサービスの現場で、統計的に研究してみる 必要があるようです。現実に多くの利用者が視聴 しており、図書館利用に耐える資料であることは 確信できますが、本と比べればやはりその寿命は 短いことも、覚悟せねばならないのでしょう。

3.テープの取り扱い上の注意事項

 ビデオテープの内容が再生不能に陥るのは、実 際は、それ自体の寿命よりも、再生するVTRが 磨耗したり調整に不具合があった場合にテープを 切ったりワカメにしたり、またカセットを落とし たり、炎天下の車中に放置して箱が歪んでしまう などの方がはるかに多い、ということです。
 そこで、『〜ハンドブック』の「こんなことに 気をつけて」という項目を要約してみましょう。

1 セットする前にテープのたるみをとる。

 ビデオは、オーディオカセットと比べてテープ がたるみにくい構造ですが、デッキに装填して、 再生をしないでセット−イジェクトを繰り返した りすると、たるみの原因になります。リール穴に 指を入れて回し、たるみをとりましょう。大切な オリジナルテープは、最初と最後の数10秒間は何 も記録しないでおくというのも、いざという時に は中身を救うためのノウハウのひとつです。

2 テープに巻き乱れがないかを確認する。

 特殊再生機構は便利ですが、巻き乱れの原因に も。カセットの窓から巻き取ったテープの上面が ギザギザに見えていたら要注意。使用後は完全に 巻き取り、途中で止めて保存しないこと。長期保 存をめざすなら、1年に1度は早送り巻き戻しを して、テープを新鮮な空気に触れさせます。いわ ばテープの虫干し。カビ防止にも役立ちます。こ の作業はVTRでもできますが、図書館としては 専用のリワインダーを備えておくと便利です。

3 テープの走行異常をチェックする。

 再生中のビデオ映像が微妙に横揺れする時は、 テープが正常に走行していません。トラッキング 調整で直らなければVTRの走行系の異常かも。 テープの長手方向に筋がつくような場合もあり、 デッキの修理・清掃が必要です。クリーニング・ テープを適切に使うことも有効でしょう。

4 カセットはケースに収め、立てて並べる。

 収納ケースは、湿気や万一のときの水漏れ、ホ コリ、紫外線からカセットを守ります。並べると きは立てておくこと。横積みすると重みでカセッ トが歪んだり、テープの上下端が変形する場合も。

5 強い磁気には近づけない。

 テープ面には微小な磁石がたくさん並んで信号 を記録しています。磁気ネックレスや磁石を用い た文房具、おもちゃなどは意外に磁気が強いので 注意が必要。朝日新聞(1992.1.20夕刊1面)には、 「健康ブーム時狂わす,磁気製品にクオーツ時計 参った」という記事が載り、磁気まくらや電動麻 雀台なども大敵と紹介しています。磁気テープに も同じことは言えると思いますが、実際のところ 普通のオーディオセットのスピーカーがあるとし て、何センチくらい離した場所ならビデオカセットを 置いても大丈夫なのでしょうか?
 帆山さんによれば「スピーカーの大小で違いは あるだろうが、家庭用のものなら、まぁ、20〜30 センチも離しておけば大丈夫」とのことでした。また 俗説でいう“地磁気”の影響とか、配電盤の近く では大丈夫か?テープの保存書架は木製とスチー ル製とどちらが好ましいか?、などの質問をした ところ「どちらが良いかと言えば、当然スチール ですが、木製でも“地磁気”を心配する必要はあ りません。配電盤も磁石に較べたら、一般にはそ れ程大きな磁気は発生しておりません。磁石は小 さくても強力な磁気を発生しているものが多いの で、ご注意を」というお話しでした。

 このほかハンドブックには、「冬に多い露つき に御用心」「テープ走行中に電源を切らないこと」 「カセットを出しっぱなしにしないで」「保存はチ リやホコリの少ない場所に」などの諸注意が載っ ています。また「人間に快適な環境はテープにも 快適」として、15〜25℃、湿度40〜60%で、時々 この範囲を越える程度なら磁気テープの保存環境 としてはまず大丈夫、風通しのよいことも大事な 快適条件、としています。

4.日常のチェックで異常には迅速に対処

 以上のように見てくると、映像専門のアーカイ ブや、マスターテープの保存をしているのでない 限り、ビデオテープの利用・保存については、あ まりに神経質にならなくても、AVライブラリー の運営に支障をきたすことは、実際には殆どない と言えそうです。とはいえ、一切放置ではなく、 年1回程度のテープの「虫干し」や、人気タイト ルの再生チェック、またVTRの走行系をはじめ とする機器類の定期的なメンテナンス、更にAV ブースやルーム全体の視聴環境を、実際に利用者 の座る場所に座ってチェックするということが、 担当者の仕事としては大切なようです。
 また、館外貸出しの際には、利用者に対して適 切な取り扱いをうながすための案内が必要でしょ うし、万一、テープ切れで返却された場合など、 その利用者の使っているVTRについて、走行・ 再生状態について、少し聞いてみるなどの対応も しなくてはならないのではないでしょうか?
 AV機器は、私達のメディア学習の世界を飛躍 的に豊かなものにしてくれましたが、その歴史は まだ始まったばかり。磁気テープの耐久性といっ ても、 100年、200年という話しになると、本当の ところは、わからないことも多いようです。
 磁気メディアの長期的な保存性の問題や、将来 の発達の予測について帆山さんは「最近は映像信 号もデジタル化の技術が進歩し、実用化が進んで おります。アナログ信号と違ってコピーによる画 質の劣化が生じないメリットがあり、媒体寿命に 至る前に、また記録システムが変わる前にコピー することで映像の永久保存が可能となります。」 と述べておられます。
 私たちも、日常業務の中で経験を積みながら、 ながく研究していきたいテーマだと思います。

 最後になりましたが、コメントを頂いた帆山さ んと転載をご許可頂いた社日本磁気メディア工業 会殿に御礼申し上げます。




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