初出:図書館雑誌 Vol.87,No.1(1993.1) pp.21-22

大学図書館における視聴覚サービスの課題


〜映像資料の問題を中心として〜



伊藤敏朗



   
 わが国の大学図書館では、1989年には、館内に視聴覚 資料閲覧席(AVブース)を設置している館が半数を越え、 その利用者数の総和は年間約100万人(推計)に達した1)。
 視聴覚資料所蔵数の総累計も1990年度末には 100万点を 越えている2)。このような普及状況からみれば、視聴覚 資料の提供は大学図書館サービスのひとつとしてすっか り定着した感があるが、なお多くの課題も残されている と思われる。ここでは映像資料を中心に筆者が日頃懸案 としていることを列挙して考察してみたい。

1.図書資料との有機的組織化にむけての課題

 強い感性的訴求力と膨大な情報量を持つ視聴覚資料を 理性的な知識として定着させるには、図書・文献資料に よる裏づけが欠かせない。一方、文字・言語だけでは伝え きれない情報も現代にはあまりに多い。つまり図書と視 聴覚資料は車の両輪であり、図書館における視聴覚サー ビスは図書資料と有機的に組織化されてこそ、その真価 が発揮されよう。目録や配架の混配といった仕掛けを工 夫して、利用者が一つの主題について、ある時は文献で、 ある時は音と映像で接することができることによって、 メディアの壁を飛び越えて発見の喜びが生まれ知的興味 が拡がっていく−−そんなマルチメディアな学習環境を 構築して、図書館利用の感銘を深めていくことが、これ からの視聴覚サービスの一つの目標だと思われる。
 映像資料を図書と同等のレベルでカタロギングするの は実際にはいろいろと困難を感じることでもある。例え ば書誌的事項についての情報源の記述の不備や曖昧さ、 恣意的なタイトルのつけ方や書誌階層のあり方、複雑な 発行・流通形態などである。すなわちNCR1987年版に も指摘されているような「近代的な出版・流通制度が確立 していない場合、出版関係の機能と物としての製作の機 能が混在している(1.4.2.1)」状態で、図書の奥付のよう なルールが確立していないことがカタロガー泣かせであ る。責任表示の対象が多くの個人・団体に及んで各々が 著作に果たしている役割の軽重について判断しなければ ならない場合や、タイトル・著作者の典拠の問題などは、 資料が製作される方法や過程、作品の背景や内容などに ついての深い理解が求められるところでもある。
 視聴覚資料の保存性、規格の互換性や持続性について の不透明さも否定できないところであるが、そのために 視聴覚資料は資産扱いではなく消耗品扱いだとされ、だ から予算が充分に割かれないとか、簡易な目録で済まさ れてしまうといった実情も耳にする。AVブースの設置館 では、ともすれば(図書のそれに比べて)厳格な利用規則 や煩雑な申し込み手続きを設けていたり、利用できる時 間が短かったりする例が見受けられるなどのことにも改 善の余地を感じる。再生用機器の操作性や検索性能など についても一層の改良が求められる。
 こうした問題はあるにせよ、視聴覚資料は少なくとも 館内のAVブースでの利用においては概ね実用レベルに達 しており、その実績をあげている。今後は視聴覚資料目 録の標準化とネットワーク化、ツールの整備などについ て更に英知を集めて解決を図っていくべきであろう。そ して資料も施設もいつまでも特別扱いせず可能なかぎり 開放的な、図書資料と渾然となった運用が図られていく べきであろう。例えばこれまでは、凝ったデザインと機 能のAVブースを数多く専用室に並べるのをよしとする風 潮もあったかに思うが、筆者としては、もっとシンプル な装置で良いから閲覧室の一隅でいつでも自由に視聴で きるようにするとか、同じ主題の図書と視聴覚資料をで きるだけ近くに配架し、それぞれのコーナーごとに少数 のAVブースを分散配置するといった工夫で、図書と視聴 覚資料がより一体感をもって利用者の前に展開されてい くことが望ましいのではないかと考える。

2.視聴覚資料の特性と大学教育の中での位置づけ

 ところで視聴覚資料を大学教育に不可欠な情報資源と して活用していく上では、館内視聴だけでなく、館外に も貸し出しができ、新しい情報を生産するための複製や 引用ができることまでも求められてくる筈なのであるが、 この点で視聴覚資料には、図書・文献の世界のようなルー ルが未だほとんど確立されていないと思われる。(例えば NACSIS-IR によって、求めるビデオ資料が他大学の 図書館にあることがわかったとしても、そのテープの複 写依頼やILL は可能なのであろうか?) 著作権問題をは じめとして、教育・研究上の資料的な価値の認知と評価、 図書館活動としての位置づけなど、視聴覚サービスには まだまだ大きな空白が残されていることを痛感する。
 視聴覚資料は教材として動的に利用されるので図書館 にはなじまないとして、視聴覚センターなど他の部署で の扱いにされるとか、教材は学務課、娯楽・観賞用資料 (劇映画など)は図書館などと分担する事例もあるようだ が、効率的でバランスのとれた資料構成、パブリック・ アクセスの保証、図書資料との有機的組織化などの点で 問題を感じることがある。(筆者はどうもこの傾向の背景 には、教科への直接的な支援に及び腰な図書館員側の姿 勢も見受けられそうな気もするが、そうして次第に図書 館の教育支援機能が分散されていくと、最後は倉庫機能 しか残らなくなりはしないかと危惧しないではない)
 あるいは図書館員は視聴覚資料の特性というものをど の程度認識しているだろうか。例えば筆者は前章に「膨 大な情報量を持つ視聴覚資料」などと簡単に述べたが、 ビデオ番組の中のセリフを全部書き抜いたスクリプトを 作るとその文字数は驚くほど少ない。そうした伝達量や 一覧性の効率の悪さにも関わらず我々が視聴覚資料を通 じて得られる豊かな情報体験とは何に起因するものか、 (勿論これは視聴覚資料の文化的、歴史的、芸術的なら びに教育的な価値と深く結びつくものだ)といった問題 にはほとんど注意がはらわれてきたとは思われない。
 残念ながら図書館界ではメディアが学習の過程に及ぼす影 響についての本格的な論議は希薄であり、メディアセンター 論についての理解も十分な広がりがなかった3)。我々は 今一度、メディアと学習との関係性について学び、大学 教育における総合的な情報支援サービスのあり方につい て真剣に考えるべき段階に入っていると言えるだろう。

3.視聴覚コミュニケーションを支える図書館員への期待

 これからの大学図書館は情報の保存の場から生産の場 へ変貌しなければならないといわれ、図書館がより主体 的に情報リテラシー教育に取り組むことが求められてい る。図書館の視聴覚サービスも視聴覚資料の自主製作や 視聴覚 コミュニケーション  能力の開発教育を積極的に実践し ていくことが考えられても良い。ここで即ち米国の学校 図書館基準に示された“メディア・プログラム”の思想の ように、教育工学的なアプローチから情報資源の統合化 を図ったり、図書館員やAV主任といった職種にかわる “メディア・プロフェッショナル”というような新しい専門的 資質や職能が求められてくることとなる。
 今日のわが国の大学にはこのような問題に即応する組織的柔軟さは乏 しく、当面は各館の視聴覚担当者が草の根的に連帯し、 情報を交換し互いに研鑽を積みながら、「AVライブラリア ン」とでも呼ぶべき職域の確立に努力すべきであろう。
 まず各担当者が視聴覚資料を厳選する眼力を養い、良 い資料は貪欲に収集して活発な利用に供する、という図 書館として当然の仕事を積み重ねることによって、マイ ナーでも良質な企画が成立し、再生産が促されるような 有機的なマーケットの形成が期待される。その上で視聴 覚資料の受け手(利用者)の声を集め、その作品批評や活 用事例を送り手(ソフト製作者)にフィードバックするよ うな役割−−つまり受け手と送り手との良き触媒として の図書館員の使命というものがあり得るのではないか。 また、そうした形での映像文化の担い手という自覚を持 った図書館員の活発な活動によって、送り手側からの信 頼も培われ、著作権問題などにも解決策が見いだせるの ではないか。それが筆者の大いなる期待である。
 近年充実著しい各地の映像専門ライブラリーや、放送 教育開発センターとの連携、CATVや衛星通信による大学 公開講座の放映の試み、光ディスクなどを用いた各種画 像データベースの実用化など、大学図書館におけるメデ ィア利用の可能性は着実なひろがりを見せている。更に はハイパー・メディアのような、AVとコンピュータを統合 化する技術への期待も膨らむ。しかし利用者の多岐に渡 る知的興味に幅広く応えながら、視聴覚コミュニケーション を文化として育くむ図書館活動の実現には、やはりAVラ イブラリアンの人間的な資質に支えられる部分が、これ からもますます大きくなることであろう。

1) 私立大学図書館協会東地区部会研究部視聴覚資料研究分科会, 伊藤敏朗:大学図書館における視聴覚資料閲覧席の設置状況に関 する調査研究,大学図書館研究,No39 (1992.3), pp.8-22参照.

2)文部省学術国際局学術情報課:平成3年度大学図書館実態調査 結果報告(1992.4),p.64-65の集計表より「マイクロフィルム・フ ィッシュ,CD-ROM,その他」を除いた視聴覚資料の所蔵数の合計.

3)福永智子:メディアと学習との関係性の探究,メディア・セン ターの理論構築に向けて,社会教育学・図書館学研究,第16号 (1992.3),pp.113-122 参照.





伊藤敏朗:論作文Indexにもどる
itoh@iic.tuis.ac.jp