初出:『一夏会報』 Vol.43 (1993.12) pp.8-30

INFOVIDEO.JAPAN 科学・産業映像の新しいライブラリー・ネットワークの試み




伊藤敏朗




 Inforvideo.Japanが動きだした

 今年度の『視聴覚資料』の講習も、みなさまのおかげで大過なくやりとげることができ、 ホッと一息ついていたところへ、イメージ・サイエンス社長の大須賀さんから連絡を頂い て、9月7日の 〈Inforvideo.Japan〉 第1回企画会議に出席することになった。
 当日、虎ノ門の映像文化製作者連盟の会議室に集ったのは、わが国の代表的な映像製作 会社の社長ら十数名に、都立高校の視聴覚ライブラリー担当校の校長、大学図書館の関係 者として私、そして事務局の大須賀さんと、その下でこのプロジェクトを担当しているド イツ人女性、アンドレア・シュルテさんら。当日の議題は、わが国の科学・産業映像ライ ブラリーの構築と、それを活用するネットワークのあり方についてである。

 国際的科学・産業映像のライブラリー・ネットワークについて
  −Inforfilm.Internationalとは

 さて、 Inforvideo.Japan 旗上げの発端となったのが、実は欧米では30年近い歴史を 持つ Inforfilm.International という国際組織の存在だ。これは各国の政府機関や科学 ・文化団体、民間企業などが製作した科学・産業映像を、求める利用者に対して的確に到 達させることを目的とした映像ライブラリー・ネットワークである。
 もともと企業PRや政府広報などのために製作された映像作品には、科学・産業教育の 教材にもなるような、優れた内容のものが多い。しかし各製作者がバラバラに利用者を開 拓し、ニーズにあった資料を的確に供給することには限界がある。そこでこれら映像作品 とユーザーのデータベースを管理し、作品配給(貸借)をシステマティックに行うことの できる国際的な組織が創設されたのである(本部はイギリス)。
 このライブラリー・ネットワークを利用する場合、ユーザーは資料の往復の送料を負担 することと、上映の成果や作品の評価といったものを製作者側にフィードバックすること が求められる。一方、製作者側はそれぞれの作品が視聴された回数に応じ、それにみあっ たパブリシティー料を Inforfilm.International に支払うことで、この組織が継続運営 される。普通の映画が視聴者からお金をとって商売をするのとは逆に、製作した側が、人 に見てもらえばもらえただけ、一種の広告費あるいは到達経費としてお金を出すという仕 組みである。
 たとえばドイツでは、作品を提供する側のメインスポンサーが約50社、視聴する側の 団体が12万件ある。これには小中学校、大学、各種専門学校、各地の住民組織、企業の 従業員組織や同業者組合、教会、スポーツクラブ、病院、図書館、刑務所、軍隊など、実 に幅広い団体が登録されており、実際の貸出件数は年間約6万回に達している。スポンサ ーは貸出1件当たり約2千円程度の料金を Inforfilm.Internationalに支払うので、つま り年間1億2千万円ほどの収入が、このライブラリーの運転資金となるわけである。この 組織は、ほかにアメリカ、フランス、イタリア、オランダ、スペイン、スイス、ノルウェ ーなどの主要先進国14か国で展開され、各国、1社づつの代表サービス拠点を置いて、 各国内での資料の流通、ならびに国際的な資料貸借の窓口となって活発に活動している。 そして、いわゆる先進国で1か国だけ、このネットワークに参画していないのが日本なの である。

 日本での受け皿づくりと映像ライブラリー・ネットワークの定着をめざして
  −Inforvideo.Japanのめざすもの

 今回の Inforvideo.Japan の企画は、つまりこのネットワークの受け皿を、日本に設置 すること、同時にこれまで国内でほとんど手つかずの状態であった、わが国の科学・産業 映像ライブラリー・ネットワークの構築と活用を図ろうとするもので、視聴覚ライブラリ ー関係者にとっては大きな期待を寄せうる事業だといえる。
 この記念すべき Inforvideo.Japan の初会議では、まずこれまでのわが国の科学・産業 映像が、依頼主(企業や自治体)の求めに応じて製作され納品されると、その依頼主が収 蔵するだけで、ほかの多くの人々に対する利用の機会が閉ざされ、優れた映像資料がなか ば死蔵状態になってきたという問題意識で一致した。製作各社からは、これまでは納品し て製作費を受け取った時点で仕事は終わりだという認識があったことを反省し、せっかく の貴重な映像資料群を、なんとか開かれたライブラリー・ネットワークの中で活用しても らいたいという声が強くあがった。
 この事業に期待される意義について、当日の議論では、まずユーザー・サイドのニーズ としては、欲しい時に欲しい映像情報が、広範に、また廉価に入手可能となること、即時 性よりテーマに深みのある情報であり、学校教育の副教材など多様な活用が図れることな どが述べられた。またスポンサー・サイドのニーズとして、発信したメッセージに対する 視聴者からの的確なフィードバックが得られること、広告目的でない企業コミュニケーシ ョンの道が開かれ、メセナやリクルーティング上の効果も期待されること、そして製作者 サイドとしては、作品がより多くの人にみてもらえることで、作品の質的向上や製作者の モラルアップ、新しいビジネスチャンスの発掘が図れるなどのことに期待が集まった。
 これまで映像情報というと、マスメディア(映画やテレビ)を通じて到達するものとい う認識が強く、企業もマスメディアに莫大な費用を支払ってきた。しかし最近では、マス メディアの効果測定の困難さ、ストック性の希薄さ、情報氾濫の中での到達度の不完全さ など、費用対効果にまつわるデメリットも指摘されるようになった。Inforvideo.Japanは、 狙った視聴者(ターゲットと呼ぶ)にリーチ(到達)した分の費用負担で済む低コストな、 かつ手応えの確実な新しいパーソナルメディアを生み出そうとするものであり、一方で国 際間情報交換の促進や、これからのマルチメディア時代を睨んだ映像データベースの構築 をも目的とした注目すべきプロジェクトとして、その一歩を踏み出そうとしているわけで ある。

 映像ライブラリーシステムの課題と展望

 ここでの議論を聞きながら、しかし私は幾つかの問題点についても考え始めていた。  まず映像作品のリストを共有して、そこから選んだ作品が郵送されてきて、利用が終わ ると返却するというという方法論自体が(私の個人的見解ではあるが)、わが国の図書館 や視聴覚ライブラリー、あるいは放送教育開発センターなどの活動の現状を見渡してから 考えてみた場合、果たしてどれほどうまく機能しうるだろうかという懐疑である。無論、 私のような立場の者が積極的な協力を寄せるべきことは承知しているのだが、はたして製 作者側が期待するほどに活発なユーザーの反応を呼びさますことができるかどうか、実は あまり自信がない。学校教育に限って考えても、詰め込まれたカリキュラムの間隙をぬっ て、直接教科に関わらない映像作品から効果的な場面を教師が見つけ出し、上映するよう な工夫をこらすゆとりがあるかどうかが心配である。社会教育や個人の生涯学習の場面で は、その困難さはなおさらだし、しかも作品へのフィードバックまでも考えねばならない ことは頭が痛い。
 結局、こうした教育・学習のための資料を公教育的なシステムによって貸借利用するこ とについて、わが国の一般市民や教育関係者の認識というのは、まだまだ十分とは言えな いのではないかという危惧なのである。逆にいえば、Inforvideo.Japanの発足は、そうし た教師や図書館員や視聴覚ライブラリーなどの関係者が、その有効な活用策について、知 恵を出し合い創意工夫することが試されていると言えるのかもしれない。
 一方、企業広告のための作品などが、部分的だが非常に貴重な映像を含んでいるといっ た場合、作品全体の中からいかにしてそういう重要な場面を拾い出してこれるか、といっ た映像情報データベース特有の技術的な問題とか、それらの映像の有効な二次利用を図る 上での著作権処理の問題なども提起されることと考えられる。さらには、本格的なB−I SDN(統合デジタル情報網)時代の到来によって、膨大な映像情報のパーソナルユーズ が可能となる時代に備えて、これらの映像データベースの整備が急務であることも強く認 識させられる。

 図書館の視聴覚担当者にむけられる課題

 以上のような点で、このInforvideo.Japanは、企業や自治体の新しい広報チャンネルを 確立するといったことに限らず、ひろくわが国の公教育システムのあり方や、これからの マルチメディア時代の情報ネットワークといったものについて深く考えさせるものを含ん でおり、多くの関係者が膝をまじえて交流し議論する必要性を感じている。いずれは、こ れらの映像作品の内容や、その活用事例についてのレビューを創刊して議論の輪を広げて いくなど、具体的な戦略広報の手段が求められることにもなろう。
 私はかねがね、図書館の視聴覚資料ライブラリーにおいても、図書館員が資料の送り手 (製作者)と受け手(利用者)とのよき触媒となること、つまり図書館員が視聴覚資料を 単なる絵と音のパッケージとしてではなく、製作者の血の通った作品として受け止め、一 方で利用者からの注文を制作者側に的確にフィードバックするような役割を担うことによ って、視聴覚コミュニケーションのサイクルを力強く回転させることができるのではない かと考えてきた。そして何より自らがよき映像資料を厳選する眼力を養い、ライブラリー をよりよく充実させるという、図書館として当たり前の仕事を積み重ねることが、わが国 の映像文化の育成にも大きく寄与するものであることを自覚すべきだと思っている。
 Inforvideo.Japanは、主として映像の作り手の人々が、ライブラリー・ネットワークと いうものの重要性に目覚め、幅広い関係者の支援をもとめて動き出したものであるが、図 書館界からも是非、こうした事業に対しての積極的な発言がなされていくべきだと考える し、図書館の視聴覚サービスについての論議を高める好ましい契機になることと考える次 第である。




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