初出:アート・ドキュメント通信 No.8(1991.1) p.4

テレビライブラリー国際機構(FIAT/IFTA)東京総会・専門家会議に出席して



伊藤敏朗




 1990年11月5日から9日にかけて、テレビライ ブラリー国際機構(FIAT/IFTA=International Federat ion of Television Archives) の第8回総会が、 東京でおこなわれた。26か国39機関から60名が来 日し、期間中の11月5,6 日には、わが国の放送関 係者も交えた専門家会議が開催された(於:クラ ブ関東)。
 会議では、「テレビ番組ライブラリーにおける 保存、管理の技術的問題点とその将来展望」「映 像資料再利用のためのドキュメンテーション・シ ステム」「テレビ番組ライブラリーの充実、発展 のための指針」という、3つのセッションについ て、順次、発表と討議がおこなわれた。

 放送番組の保存上の問題点として、過去・現在 において収蔵されたビデオテープが、経年変化に よる劣化をきたすことに対し、その「年齢」を正 確に把握して、必要な管理をいかに行うかという ことがとりあげられた。テレビ放送の初期に用い られたビデオテープ(特に2インチ幅のもの)は劣化 が著しく、できるだけ最新の規格(D1,D2など の ディジタルVTR)に写して、貴重な資料を「救う」必 要があるが、既に何万時間分もの番組の蓄積を抱 えた各放送局にとっては、その複写に要する時間 と労力が膨大なものとなることが悩みとのことで あった。そんな中で日本のメーカーが、デジタル 光学記録技術によって、再生時間よりも短い時間 で転写できるシステムについて発表したことは注 目された。
 また磁気テープの最適保存条件は、温 度17〜23°C、湿度は従来の定説を修正し30〜45 %とする、など、保存環境や将来のビデオフォー マットのあり方などについて議論が続いた。
 それにしても、旧型のVTRが放送局から姿を消し、 その設計図すら失われつつある為、退職した技師 の口承を集めたり、中古品として手離したVTR を第3世界まで行って逆輸入しなければならない というような悲喜劇が演じられているとの報告に は、電子メディア資料の保存・維持の難しさを感 じさせられた。

 保存番組のドキュメンテーションに関するセッ ションでは、ドキュメンテーション委員会から、研究経過ならびに、映像アーカイブ の手引き書の刊行に関する報告が行われ、別に「アーカイブ用語集」の新版の編集経過 についても報告があった。スペイン国営放送のフェルナンド・P・プエンテ氏は、 非図書資料の目録法について、その歴史も含めて簡潔にひもといた。 また各国の放送局からは、局内のデータベースの統合、国内外のネットワークの 充実に向けての目録規則の標準化の試みや、カード目録から機械化目録への移行が 進みつつあることが報告された。

 このような状況の中で、日本のNHKや TBSの資料部で稼動している大型コンピュータによる ドキュメンテーション・システムは、非常に充実した内容を持った先行的な ものという思いを新たにした。
 その日の報告によれば、NHKの映像素材は、1985年以降全国データベース 化が進み、既に78万件を収録、年間1万件以上のアクセスがある。資料の再利用の 形態は、映像素材の「ロール」という単位から、限りなく 「点(シーン、カット、静止画)」へと移行しつつあり、 これらは自然語キーワードによって検索でき、分類というものを不要にしたと云う。
 こうしたデータを高い水準で維持・管理し、「次の世代が検索することを認識して」 映像の正確な文章化=キーワードの付与というものができることが、映像再利用の 為の根幹業務であり、新しい時代のライブラリアン像=新しい情報職種の確立・育成が必要であるとの意見は、海外からの参加者にも強い認識を与えたようであった。このほか、映像資料の保存・再利用に際しての著作権・肖像権について払うべき注意などが討議された。

 最後にテレビ番組ライブラリーの充実と発展のための指針について、報告と討議が行われ、ライブラリーの業務とは、予算や組織や保管上の管理業務、ドキュメンテーション、探索(検索)、複写や補修の技術、在庫管理、保管所などが統合されたものであり、 担当職員の高い専門性の確立と、そのための研修カリキュラムの必要性などが明らかにされた。
 それにしても、欧米の放送局においても、経営サイドはこの方面に予算・人員を割くことを好まず、担当者にも適切な地位が与えられていないという報告にはやや意外な気がし、克服すべき課題の多さを思った。

 総じて、海外の参加者は、どちらかというと収蔵・保存の面に重きを置いた 「アーカイブ」という立場からの発言が多く、日本の放送関係者は、資料の再利用に 重きを置き、その商品価値を高める為の「ライブラリー」というものが念頭にある、という傾向が強く感じられた。  FIAT/IFTA会長のアン・ハンフォード女史(BBC)が、「アーカイブとライブラリー(その両方の機能が必要なのであり)、この2つの言葉にかわるような言葉をつくってくれたら、 賞金をあげたい所だ」と言っていたのは印象的だった。

 以上のセッションを終えて専門家会議は閉会し、その後、同会は、「ビデオライブラリー・フォーラム'90 (11月8日・於;日本プレスセンターホール)」への参加や、NHKの 見学等、精力的に活動し、全日程を終了した。
 映像資料のもつ複雑で多様な価値を、未来に保証する為の着実な歩みが、世界的規模でも始まっていることを確信した総会であった。




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