20 卒論概要の書き方                                 

 

1.卒論とは

 

 卒業論文は、在学4年間で学んだことの集大成であり、これから社会人として活躍していく皆さんにとって、重要な意味を持っています。これまでの受身の授業や演習とは異なって、学生一人一人が主人公となり、テーマの選定から、研究のスケジュール、資料の収集、さらに必要に応じて実験やアンケート調査などを全て自分で完遂しなければなりません。それらの結果を他の人々に理解できる形にまとめて報告するものが卒業論文です。

卒業論文には、研究のテーマと、その研究成果が明解に示されていなければなりません。そして、述べられていることが科学的で公正なものであるか、全体としてわかりやすく的確に構成され、考察や主張が首尾一貫しているか、読み手の立場にたった平易で簡潔な表現になっているか、どこまでが参考文献からの引用で、どこからが自分の考えを述べたものかの区別が明確か、その典拠は正確に記載されているか等、論文としての要件を満たしていることが求められます。担任教員の指導や、一般に市販されている「卒論の書き方についてのマニュアル本」などを参考にして、より良い内容と体裁を備えた卒業論文を執筆していただきたいと思います。

 

2.抄録について

 

 一般に研究論文には、「抄録」(しょうろく、英語ではabstract=アブストラクト)という、要旨をつけることが、きまりごとになっています。

抄録は、「記事内容の概略を迅速に把握する目的で作られた文章で、主観的な解釈や批判を加えず、記事の重要な内容を簡潔かつ正確に記述したもの」をいいます。

 原記事の内容(結果、結論を含む)を記述し、原記事を読まなくても、内容の要点が理解できるようにしたり(報知的抄録:informative abstract)、原記事の主題とその範囲を説明して、原記事を読む必要の有無を判断するのに役立てる(指示的抄録:indicative abstract)ために作成されます。抄録は、原記事の標題、著者名、著者の所属機関などに続いて掲載されることが一般的です。

 

3.SISTの抄録基準

 

 研究論文の抄録の書き方は、科学技術情報流通技術基準、通称、SISTStandards for Information of Science and Technology)といわれるルールをもとにしています。SIST(シスト)は、科学技術情報の全国的な流通を円滑化するために、文部科学省が昭和48年に設置した科学技術情報流通技術基準検討会において制定された学術論文の執筆基準、いわば一般的な論文の体裁のルールを示したもので、以下の記述は、SIST01抄録作成(1980)を参考にしています。(http://www.tokyo.jst.go.jp/SIST/sist01/sist01_m.htm

専門家の論文の抄録は、和文で200400字、欧文で100200語が標準とされています。

 

4.情報文化学科における「卒論概要集」の「卒論概要」

 

情報文化学科では、平成14年度から、卒業生の卒論の概要集を集成して印刷・配布するようになりました。これは本学科の学生たちがなにを学び、考えてきたかを社会にむけて公表するとともに、その成果を先輩から後輩へと受け継ぎ、本学の情報文化学研究を継続発展させていくための礎となるものです。

この「情報文化学科卒論概要集」に掲載される文章は、正しい意味での抄録ではありません。しかし、抄録とほぼ同じ趣旨と目的をもっているといえます。ここでは、本学科の事情を勘案して、抄録というよりは、学科概要集に掲載しやすいかたちへのまとめ方として、やや広義に解釈したものを示していくものとします。

本学科の卒論概要集では、卒論の内容をよりわかりやすく伝えるために、日本語で400字以上、800字以内程度というのが、いちおうの目安となっています。

ただし、映像作品の概要を報告するうえでは、この冊子に映像(画像)を掲載することができないという点も考慮して、1200字〜1600字程度の分量となることが少なくありません。

 

5.抄録の内容

 

5.1 論文の重要な内容を客観的にかたよらずに伝える。

 抄録は、論文全体の内容と結論の要約であり、本文への導入ではありません。すなわち、“はじめに” とか、“はしがき”といったものではありません。研究テーマをとりあげた理由(研究の同機)や研究過程の報告(研究上の苦労話など)なども書く必要はありません。研究結果の要約なのですから、曖昧な表現(“ではないだろうか。” “という気がする。”など)をとってもいけませんし、映画の予告編ではないので、惹句的(キャッチコピーのような表現(“〜とはなんであろうか。” “〜果たしてどうなるのであろうか。”など)の表現も避けなければなりません。

5.2主題の取扱い方を明示する。

 抄録では、論文の性格や、研究テーマ主題の取り扱い方を明示しなければなりません。例えば、“・・・を理論的に考祭する”、・・・の現況を報告した”、“・・・を展望した”、“・・・の文献調査を行った”などのように記述します。

5.3著者が読者に伝えたい内容を重点的にとりあげる。

 新規性のある内容や、著者が最も強調している知見はとくに重点的に抄録に盛り込む必要があります。

5.4簡潔で明確な表現をする。

 抄録の字数は限られているので、ことばを選りすぐり、言いまわしを吟味して簡潔、明確な表現をしてください。ただし、極端な省略文体の使用は避けます。抄録は論文のタイトルといっしょに印刷されるので、タイトルに書いてあることを抄録の中で繰り返す必要はありません。社会やその分野で常識となっているようなことも抄録に書く必要はありません。

 

6.抄録の書き方

 

6.1「である」調で書く(「です・ます調」にしない)。

6.2一人称は使わない。

 抄録では一人称代名詞、及び類似の主語(“私は”“本学は”など)は使いません。

6.3途中で段落を分けたり改行したりしない。

 抄録は全体で1段落とします。構成を目次のように羅列したり、途中に見出しを設けてはいけません。

6.4図・表・写真などは使用しない。

 抄録中に原記事の図表番号や数式番号を引用してはいけません。数式や化学式の使用は可です。

 

7.抄録の例

 平成14年度卒論概要集のなかで、おおむね抄録らしい体裁を備えていると思われるものを以下に例示しますので、参考にしてください。

 

格闘技における打撃動作の研究 〜"上肢を使用したコンビネーションブロー"について〜  

南 泰昭 (776文字)

 本研究の目的は、立ち技打撃格闘技における"ワンツースリー"のフォームについて分析を行うことである。"ワンツースリー"とは、左ジャブ(1)、右ストレート(2)、左フック(3)の連続打撃動作のことで、ジャブ、ストレートは直線的、フックは円を描く形をとる打撃である。被験者は4名で、現行のキックボクシング経験者(以後経験者)1名入れ、経験者とした。実験では被験者にはグローブを着用させ、人が持つミットに向かって打撃を行わせた。各被験者の打撃動作を2台のデジタルビデオカメラを使用して撮影を行った。撮影した映像データからDLT法を用いて、分析に必要な3次元座標を算出した。動作時のグローブの速度変化、肘角度の変化、グローブの軌跡等を分析項目に挙げた。分析結果として、速度や角度変化では左ジャブや右ストレートでは大きな差がみられず、主に左フックで差があらわれた。経験者はグローブの最高速度がインパクト速度と同じで10.2m/sであった。他の被験者のインパクト速度はいずれも最高速度を下回っていた。また、第1打から第3打までの時間において経験者は他の被験者よりも約0.1秒〜0.2秒短かった。左フックの動作時の肘の角度では、経験者は左肘は64度、右肘は61度であった。他の被験者も左右の肘角度の差は少ないが、経験者の肘角度より高角度であった。グローブの軌跡では、経験者は左ジャブ、右ストレートは直線的、左フックでは円を描いていた。"フック"の動作の基本は「円を描く高速な打撃であり、左右の脇を固定し、腕を曲げたまま腰の回転で打つ」であり、最高速で的を捕らえ、両肘を曲げて打撃していた経験者は、基本に沿った打撃動作を行っていたと考えられる。以上の結果により、経験者と未経験者とでは打撃のタイミングやフォーム、打撃部位の軌道といったいくつかの基本技術の差が明らかになった。

 

共感する演技の研究 

 並木智明 (529. 一部改稿)

 本論は、演劇の根本とその機能について研究し、観客が共感できる演技のありかたを考察したものである。まず、歴史的研究を行い、演劇の起源が、神懸りをする共感儀式にあったこと、呪術儀式は次第に演劇となり、戯曲が生まれることで俳優が誕生し、芸術性を高めていったことなどを明らかにする。つぎに、共感を生む演技はどうして生まれるのかについて探る。心を捉える演技には、直観力・情緒・情調・想像力・観察力そして表現力を必要とし、これらを演技に結びつけることによって、より躍動感と真実性のある演技が実現すること、俳優の人生経験も演技力に必要不可欠であることなどを述べる一方、演劇の商業化は、芸術性の喪失をもたらす側面もあり、俳優が養成所における基礎的訓練を欠く傾向にあるなどの今日的問題についても指摘する。つぎに、現在、実力演技派俳優と考えられる4人の俳優をとりあげ、プロの芸術家としての俳優がどのように役作りをしているのか明らかにする。最後に、今後の演劇と俳優の進むべき道について論考する。古来、俳優は、人々の不安や未来への希望を体現し表出してきたし、これからも閉ざされた人間社会からの心の開放をめざし、ひとびとの心に共感をよびおこすという重要な立場にあると考えられる。