8 ドラマシナリオの書き方の例                            

 

ドラマ 『僕らの綴る物語』

脚本/監督 深谷英輝


 


■登場人物

 

綴 :人間型ロボットT01型プロトタイプ2号(松本悠紀)

西城かなえ : 図書館アルバイト(石束優)

西城信彦 : 図書館長・かなえの父(黒須徹也)

遠藤望一 : 図書館員(遠藤広基)

遠藤美帆 : 望一とかなえの子ども(高森美帆)

故・槙原京一博士 : 元ロボ産研究所長(深谷英輝)

故・槙原ルミ : 槙原京一博士の妻(鈴木瑠美)

産廃業者 : 小林峻(小林峻)

ロボットA : (山崎真一)

ロボットB : (遠藤清史)

石田耕平 : ロボット産業省保安隊長(石田和輝)

ロボ産省保安隊員A : (野沢竜太)

ロボ産省警報アナウンスの声 : (趙理)

逃げてくるロボ産省職員 : (神沢英和)

テレビキャスター : 女性キャスター(畠山佳奈)

テレビ解説者 : ロボット学者(深山秀俊)

現地レポーターA : (川崎涼子)

現地レポーターB : (岸めぐみ)

歌謡番組の歌手 : マイ遠藤(遠藤舞)

図書館の子どもA〜C

ロボ産省保安隊員 B〜E

ロボ産省解析室の検査官A〜D

ロボ産省職員 :10名くらい

街頭テレビを見る人々・通行人 :10名くらい

逃走中だったロボットたち :5名くらい

 

■シナリオ

 

1 山林(雨)

山林に雨が降っている。作業着を着た2体の人間型ロボットAとBが、うち捨てられた産業廃棄物を点検しながら歩いている。ロボットは銀色の四角いヘッドホンのようなものを頭にかぶっている。ロボットたち、大きな鉄屑の前に立って、目と目をあわせる。ヘッドホンの耳あて部分の青いランプが「ピピッ」と点滅する。ロボットは言葉を交わすことなく、うなずきあい、2人で鉄屑の上部に手をかけて一気に鉄板を引きはがす。ロボットAが中から部品を取り出す。部品をチェックし、地面に置いたバスケットの中に入れる。そこへ1台のジープがやって来て停まる。ドアが開き、ロボットの雇い主が下りてくる。雇い主、手に持った酒のビンを地面に放り出して割ると、ふらつきながらロボットの前に立って言う。

雇い主 「どうだ、トウヘンボクのロボットども。少しは収穫があったかよ。」

ロボットA、バスケットを雇い主に差し出す。雇い主、一瞥して不機嫌そうに言う。

雇い主 「ちっ、こんなジャンクからじゃ、ろくすっぽ金もプラチナも出てこない。役立たずだなぁ、オマエらは。まぁ、いいさ。どうぜそのシケた面見るのも今日限りだ。」

雇い主、ヘラヘラと笑う。かなり酒に酔っている。

雇い主 「相場がすっかり下っちまってな。俺はもう、この商売から、足を洗うことにしたんだよ。だからお前らは今日でクビだ。これでお払い箱だ。ただし!それで済ませないところが、俺様のアタマのいいところなんだなぁ。けけけ。」

雇い主の言葉に、顔を見合わせるロボットAB。ロボットAが、口をひらく。

ロボットA 「雇用関係の打ち切りなら、仕方ありません。我々はロボット産業省から派遣されているロボットですから、この場合、ロボット産業省のリソース・アンド・サービスセンターで正式な契約解除をお願いし・・・」

雇い主、突然、怒鳴る。

雇い主 「うるせぇ!俺はお前等のそういう、慇懃無礼なところが気にいらねぇんだ!人間様の言うことを、おとなしく聴いてるフリして、本当は自分の方が優秀なんだって顔に書いてあるのが大嫌いなんだよ!」

雇い主、手に持ったバスケットを地面に叩きつけ、Aに指を指して怒鳴る。

雇い主 「お前らを、おめおめ返すって?そりゃできねぇ相談だ。お前らの体の中の、そのなんだ、なんとか合金とか、なんとか回路とか、結構な贅沢品が使われてるそうじゃねぇか。それを溶かして売っぱらえば、いい金になるってこと、俺は知ってんだよ!」

ロボットA 「・・・そのようなことをすると多額の損害賠償が発生するうえ、ロボット雇用法違反で逮捕されることもありますが、」

雇い主 「ふっ。こういう山ん中じゃな、どんな事故でも起こるもんなんだよ。思わず廃棄済の燃料電池に触って跡カタもなく燃えちまったりとかな!ひひっ!保険金で焼け太りするのは俺のほうなんだけどね。頭いいなぁ俺、二重に儲かっちまうじゃねぇか。ってわけで、お前ら悪いがな、これでいっとき、眠ってもらうぜ。」

雇い主、胸ポケットから解除キーリモコンを取り出す。ギクっと身構えるロボットたち。

雇い主 「解除キーの前じゃ、お前らもただのマネキンだ。ゆっくり眠んな。もっとも次に目を覚ますこともないわけだけど、な!」

雇い主、解除キーリモコンをロボットAに向けてスイッチを押す。ロボットA、雇い主を見つめて立ったまま、変化がない。雇い主、ロボットAが停止しないのに驚き、何度もスイッチを押す。

雇い主 「ん?なんで停まんないんだ?あれ?」

雇い主、解除キーリモコンをBに向けてスイッチを押すがBも変化なし。雇い主、慌てる。

雇い主 「これで停まらないって、そっか!お前らが最近、反乱を起こしてる殺人ロボットなんだな!ちっくしょう!こうなりゃ、直接、エレキガンで!」

雇い主、ジープのトランクを開けて、大型のエレキガン(電磁銃)を取り出す。ロボットA、手で制止するしぐさ。

ロボットA 「あなたは、いま、酔っています。そのようなものを、今ここで使うのは大変危険です。」

雇い主 「ごっちゃごちゃ、うるせぇえ!」

雇い主、エレキガンのトリガーを引く。次の瞬間、画面が白く飛ぶ。

 

2 テレビニュースの画面

事件を伝えるテレビニュースの画面(山林)。焼けこげたエレキガンの部品が映る。

現地レポーターA 「焼死体で発見されたのは、産業廃棄物処理会社社長、小林峻さん32歳です。小林社長は、昨日昼過ぎ、産業廃棄物から貴金属を回収する作業のために雇用していた2体のロボットを監督するため山に入ったまま、行方がわからなくなっていました。事件後のロボットの消息はつかめておらず、現場に解除キーが放置されたままになっていたことから、警察では、ロボットがスリー・プリンシパル無効状態となって、小林社長をエレキガンで撃ち、逃走した可能性が高いとみて、非常線を張り、警戒にあたっています。以上、現場からお伝えしました。」

ロボットAとBの顔面設計図(手配写真)が画面に並んだ後、映像がスタジオに切り替わる。女性キャスターと解説者が続ける。

キャスター 「ということで、深山さん。今回も、被害者は、ロボットに向けて解除キーを実行したのにもかかわらず、ロボットは停止しなかった。そして、スリー・プリンシパル無効状態のまま逃走中ということで、これで今月にはいって類似した事件が、4件目となってしまいました。」

解説者 「異常事態ですね。人間とロボットが共存するための絶対的ルールであるスリー・プリンシパル、すなわち、ロボット3原則に反して、自由意志で行動するロボットが出歩いているという、この社会的衝撃は図り知れません。」

キャスターがスタジオ中央のモニターを指さす。画面にロボット3原則が示される。

キャスター 「はい、そのスリー・プリンシパルですが、“1、ロボットは人間の命令に従わなくてはならない。2、ロボットは人間に危害を加えてはならない。3、以上に反しない限りロボットは自分を守らなくてはならない”というものです。このルールは、現在流通している全てのロボットの脊柱回路に必ず埋め込まれているわけですから、今回のような事件は、原理的に起こらないはずなのですが。」

解説者 「しかし現に、これらの事件では、この第1原則と第2原則が全く機能していないわけでね。なぜこんなロボットが流通していたのか。ロボット産業省の監督責任が厳しく問われますね。」

キャスター 「はい。ということで、霞ヶ関のロボット産業省には、多くのロボットユーザーから、自分が雇っているロボットは大丈夫なのかという問い合わせや、市民からの抗議が殺到しているということです。ロボ産省の庁舎前に、岸レポーターが行っています。岸さん!」

 

3 図書館・カウンター

図書館カウンターの前のテレビモニター画面、ロボット産業省庁舎前に立つ現地レポーターBが口を開いたとたん、画面がブツっと消える。カウンターの中でモニターを見ていた図書館員の望一、背を起こす。

望一  「かなえちゃん!なんで消しちゃうの。大変な事件じゃん。」

後ろに立っていた図書館アルバイトの、かなえ、テレビのリモコンを下ろしながら言う。

かなえ 「やめてよ。こんなニュース。綴くんが見たら、かわいそうでしょう。」

望一  「また綴のこと、かばって。けど、あいつだって、いつアタマがおかしくなって、俺たちに襲いかかってくるか、わかんないんだぜ。事件が落ち着くまで、あいつも解除キーで停めといたほうがいいんじゃないか?」

かなえ 「そんな、ひどいこと言って。綴くんは、一生懸命働いてるし、私たちも助かってる。お年寄りや子供たちにも愛されてるわ!」

望一、やれやれという感じで言う。

望一  「あのね、かなえちゃん。ロボットには、一生懸命とか、愛とか、そういう感情はないんだよ。ただ、あいつの電子頭脳が、未来カレンダーの通りにプログラムをこなしてるだけで、」

かなえ 「あ、綴くん!」

望一、振り返ると、ブックワゴンを押しながらやってくる綴。首をすくめる望一。

綴    「どうかしましたか?かなえさん、望一さん。」

綴は銀色の四角いヘッドホンを被っている。耳あての青いランプが点灯している。

望一  「・・・いや、世の中には、頭のおかしなロボットもいるのにウチの綴はよく働くなぁって、さ。」

望一、バツの悪そうな顔をする。

かなえ 「綴くん、気にしないで。私は、綴くんのことは、何も心配してないわ。」

綴    「ありがとうございます。いろんな事件でご心配なのはわかります。でも僕は図書館専用ロボットで腕力もないし。いざという時には、望一さんのほうが強いですよ。安心して下さい。」

望一  「・・・な、なに?いざという時って?お前、まさか頭にほら、ピピっと信号感じたりして、でなきゃ何かこうムラムラっとしてきたりとか、あんのか?」

綴   「うーん、そういえば、最近、なんかこのあたり、ビビビってくるかなぁ・・・」

綴、自分の頭の横を指さす。

望一  「ま、まじかよっ!」

綴   「まぁ、ただの寝不足でしょう。それじゃ、朗読のリクエストがあるので、行ってきます。」

望一  「寝、寝不足って、おまえ、ロボットのくせに、そりゃヘンだろう!」

かなえ 「3時から朗読タイムだったわね。ご苦労さま。お願いします。」

綴、絵本を抱えて軽やかに歩いていく。望一、あたふたしている。

望一   「・・・かなえちゃん!綴のヤツ、アタマがビビビだって!ロボットのくせに寝不足だって!」

かなえ 「からかわれたのよ。“ジョーダン!”」

望一  「え?冗談?ロボットが冗談言ったのかよ?ロボットのくせに人間をからかったー?それって、3原則違反じゃないのかぁ?」

 

4 図書館・閲覧室

閲覧室で、3人ほどの子ども達を前に、絵本の読み聞かせをしている綴。綴のおだやかで感情豊かな朗読を子供たちが目を輝かせて聴いている。書架の脇に立って、そんな綴を見つめるかなえ。望一がやってきて、一緒に綴の朗読に耳を澄ます。

望一  「・・・たしかに本を読むのは上手いな。でもさ、それが専門で作られたロボットなんだぜ。上手くてあたり前じゃん?」

かなえ 「それは、そのとおりだと思う。でもね・・・」

かなえ、もう一度、綴の横顔を見る。いきいきとした表情で本を読んでいる綴。

かなえ 「綴くんの朗読を聴いていると、とてもそこに心がないとは思えないの。それどころか、自分が失ったなにかを、彼の朗読が思い出させてくれるような。そんな懐かしい気持ちまでこみあげてくることがあるの。不思議ね。」

望一  「なんだよ。ロボットに恋しちゃったか?」

かなえ 「ふふっ、だったらどうする?」

望一  「そりゃ結構だけどさ!いくら君があいつに惚れたところで、結婚はできないし、あいつの子供を産むわけにはいかないだろ?」

かなえ 「あら、産まれちゃうかも。私のお腹から、ぽこん!ってロボットの赤ちゃんが。」

望一  「おいおい勘弁してくれよ!だいたい君は、」

望一、書架に後ろ手をついて、かなえの顔をのぞきこむように言う。

望一  「俺の君への気持ち、どうしてくれるんだ?明日の君の誕生日だって、二人でお祝いしたいって言ったのに・・・つれないんだからなぁ・・・。」

かなえ 「気持ちは嬉しいけど、どうせなら、たくさんの人からお祝いして欲しいの。そのほうがプレゼントも増えるじゃん?明日、楽しみにしてるよ!」

かなえ、ぺろっと舌を出す。

望一  「そんなこと言って・・・すぐにとは言わないけど、ちょっとは人間の男のことも考えてくれよ。ロボットと人間とじゃ・・・ぜんぜん違うだろ?」

かなえ、少し真面目な顔をして言う。

かなえ 「私は、ロボットと人間の区別はちゃんとついてるよ。ただ綴くんは、私が小さい時から、ずっと自分の家にいて、家族みたいな存在なの。そして、今もお父さんと一緒に働く仲間。大切な友達よ。」

望一  「そりゃ、君のお父さん・・・西城館長が、綴のことを、息子同然に面倒みてきたことはよく知ってるけどさ・・・と言ってたら、館長が来たよ。」

朗読をしている綴のところへ、かなえの父、図書館長の西城信彦がやってくる。

信彦  「子どもたち!ちょっとごめん。綴くんに大事なご用事ができたの。お話し会はここまでね。」

子どもたちから「えーやだー」と声があがる。

信彦 「綴!すぐ一緒に来てくれ。」

綴、なにかを察したように、本を閉じる。かなえと望一、歩み寄る。

かなえ 「お父さん。」

望一  「館長、どうしたんですか?」

信彦  「あ、かなえ、望一君。実はいま、ロボット産業省の人が来て、綴にすぐ会いたいと・・・。」

望一  「ロボ産省の役人が?」

かなえ 「・・・お茶でも出す?」

信彦  「そんな必要はない。綴!さぁ。」

綴、絵本を置いて、信彦と一緒に歩いていく。かなえ、心配そうに見つめる。

かなえ 「ねぇ、望一君、ここをお願い。」

かなえ、行ってしまう。望一、追おうとするが、望一の服の袖を子どもの一人がひっぱっている。仕方なくしゃがみこんで絵本の頁をひろげる望一。「どれどれ」と絵本を開いてみると、そこには何も印刷されていない。

望一  「な、なんだ?この絵本。中身、真っ白じゃねぇか。綴の奴、こんな本で朗読してたの?」

子どもA 「そう、今日は、『オズの魔法使い』。ねぇ、おじちゃん。はやく、続きをお話ししてよぉ!」

望一  「あのな。俺は第1におじちゃんじゃない。第2にロボットでもない。だから、頭にデータベースは入ってないし、こんな本じゃお話しなんてできないの!」

子どもB 「えー、それじゃ役に立たないじゃん。」

子どもC 「綴ちゃんなら、どんなお話しでも知ってるのに!おじちゃん役に立たず!」

子どもたち 「役立たず!役立たず!」

望一  「まったくもう!綴よー、助けてくれー」

 

5 図書館・応接室

応接室の中央に立っている綴と、ソファに座っている信彦。部屋のぐるりに、ロボット産業省保安隊の隊員たちが立っている。隊員AとBが、エレキガンを肩に提げている。信彦の前に座り、身分証を示しながら話しを切り出すロボット産業省保安隊長の石田耕平。

耕平  「ロボット産業省保安管理局の石田と申します。西城館長のことは、よく存じ上げてます。あなたは、今は、こんなとこで働いてらっしゃるが、元々は私どもの先輩職員でもあるわけですからね。」

不愉快そうにこたえる信彦。

信彦  「たしかに私は、ロボ産省の図書室に勤めていた時代があります。しかし私は、文学志望のしがない図書館員でね。君たちの先輩という意識はないなぁ。」

耕平  「その図書室時代、あなたはロボット産業研究所長だった槙原京一博士と深く親交していましたよね。無二の親友だったと言う人もいる。」

信彦  「彼も本好きでね。図書室に来て、よく文学談義をしました。が、それだけです。」

耕平  「それだけ?」

耕平、立ち上がると、起立している綴のところへ歩み寄り、なめるように綴を見る。

耕平  「それだけのことで、槙原博士は、こんなに大事なプロトタイプを、あなたに預けて亡くなったんでしょうか。うーむ、こうして間近で見ると、実によく出来てる。なるほど、これはすごい。あなたは、こいつを息子のように可愛がって育ててきたそうで。いや、育てるというのは適切じゃないか。」

綴、平然として立っている。信彦、苛立ちながら言う。

信彦  「育ちますよ、ロボットも。親のように接してやれば。」

耕平、信彦の前に来てしゃがむ。

耕平  「それは素晴らしい親心です。それなら、なおさら今起きている一連の事件は、ご心痛でしょう。なにしろ今、騒ぎを起こしているロボットたちは、こいつを原型とするシリアル番号を持っている。西城さんは、よくご承知なはずだ。」

信彦、ぐっと唾を呑む。ドアを開けて、かなえが室内に入ってくるが、保安隊員に制止される。

耕平  「だから、私もこうして調査にやってきたのですよ。なに、簡単なことです。こいつが、この解除キーでちゃんと停止するかどうか。それさえ確かめられれば、あなたも安心、私も安心。そうでしょう。」

耕平、立ち上がると、胸ポケットから取り出した解除キーを信彦の顔の前に差し出す。

耕平  「私の目の前で、この解除キーを押してみて頂いて、コイツが停まるようなら、機能は正常だと確認できます。再起動のお手間はかかりますが、なに明日からは、またこれまで通りです。お願いします。やって見せて下さい。」

信彦、差し出された解除キーを、ためらいながら受け取る。かなえ、信彦と綴を見る。

耕平  「どうぞ、スイッチを。西城館長。」

信彦、ゆっくりと綴に解除キーを向ける。信彦と綴の目があう。見守るかなえ。

信彦  「綴。というわけで、これはテストだそうだ。すぐに私が再起動するから、しばらく眠ってくれるかな?」

綴   「わかりました館長。」

信彦、ゆっくりと解除キーのスイッチを押す。綴のヘッドホンのランプが、「ピー」という音をたてて消える。綴、ゆっくりと目を閉じ、立ったまま死んだように停まる。その瞬間、保安隊員AとB、エレキガンを綴に向ける。かなえ、叫ぶ。

かなえ 「綴くん!」

保安隊員A 「さがって!」

耕平、一瞬、緊張するが、笑みを浮かべる。

耕平  「なるほど、確かに停まった。」

信彦  「納得して下さいましたか。さぁ、お帰りください。・・・おい、何してるだ!あなたは!」

隊員AとBがエレキガンの照準を綴の額に当て続ける。額に踊るレーザーの光点。

耕平  「帰りたい気持ちはヤマヤマですが、そうはいかなくなりました。」

耕平、背広の内側から、もう一つの解除キーを取り出して言う。

耕平  「こちらが本物の解除キーです。あなたの押したものは、ダミーですよ。非常によく似た信号を出すようにしてありますので、こいつ、まんまとひっかかりました。」

綴は無反応だが、信彦の顔は青ざめる。

耕平  「自分の意志で機能停止のお芝居ができるロボット。これがどれほど危険な存在か、おわかりですよね、館長。」

かなえ、驚く。

かねえ 「お父さん、どういうこと?綴くん、大丈夫?」

信彦、観念したように言う。

信彦  「綴、もういい。目をあけなさい。」

停止していた綴、「ピピッ」と音をたてて、ヘッドホンのランプが点灯し、目を開く。かなえ、驚きのあまり言葉が出ない。耕平、冷静に周囲の部下に指示する。

耕平  「このロボットを護送車へ。西城館長にも任意同行をお願いしろ。もっとも、まだ逮捕状がないんだから、ご丁重にな。」

綴、ゆっくりと、周囲を見渡す。綴とかなえが目が合う。綴、微笑んで言う。

綴   「じゃあ、かなえさん。行ってきます。さようなら。お元気で。お誕生日、おめでとう。」

かなえ叫ぶ。

かなえ 「綴くん!」

 

6 テレビニュースの画面

事件を伝えるニュース番組。キャスターと解説者が、ロボットの図面を示しながら言う。

キャスター 「今日、ロボット産業省保安隊に捕獲された個体は、わが国ロボット史上、画期的発明といわれたT01型の、もっとも初期のプロトタイプだと発表されました。一連の事件を引き起こしているロボットは、すべてこのプロトタイプの脊柱回路をコピーして製造されたものです。そこで、ロボ産省では、捕獲したこのプロトタイプを分解して、脊柱回路を・・・ここですね(図面を指して脳から脊髄に繋がる人工頭脳の構造を示す)、ここに埋め込まれたプログラムやカレンダーを解析することで、一挙に事件の核心に迫ることができると説明しています。ということで、深山さん。」

解説者 「はい。このT01型というのは、今から20年前、ロボ産省開発研究所の所長だった、故・槙原京一博士によって開発されたもので、最も人間に近い、感情の豊かなロボットとされてきました。そのため、おおいに人間社会に普及してきたわけですが、これがもし、もしですよ。このタイプには実は最初から、スリープリンシパル、ロボット三原則が埋め込まれてなかったのだとすれば、なぜ、そんな危険なものを、槙原博士は作ったのか。これは大問題です。ロボット開発の第一人者だった方に対して、こんなことを言いたくありませんが、研究者として許し難い行為だと言わざるを得ません。」

キャスター 「そうですね。槙原博士の死後、このプロトタイプを譲り受け、長年にわたって保管していたS市立図書館の西城信彦館長が、今回のことで、ロボ産省保安隊に、任意同行を求められています。保安隊では、西城館長が詳しい事情を知っているものとみて話しを聞いていますが、ロボット管理法違反の容疑が固まれば、逮捕状をとってさらに厳しく追及する構えです。ロボ産省前から中継がつながっています。岸さん!」

 

7 街頭テレビ(夜)

街角の街頭テレビに流れる、テレビニュースの画面。ロボット産業省庁舎の前に立つレポーターBが口を開いたとたん、画面がブツっと消え、歌謡番組に切り替わる。歌手のマイ遠藤が、派手な振り付けで踊る。街をゆく人々が、「これで解決だな」「よかったよかった」などの声をあげながら通り過ぎていく。雑踏の中でテレビを見ていた一組の男女がうつむいている。かなえと望一である。

望一  「なにかの間違いだよ・・・館長が、そんな悪い人なわけがない。」

望一、うつむきながら、かなえの肩に手をかける。かなえ、その手を振り払って歩き出す。望一、かなえを追う。その後を、大きな帽子を目深に被った2人の男がつけていく。

 

8 公園(夜)

かなえと望一、夜の公園のベンチに座っている。かなえ、うつむいて顔を覆っている。

望一  「ロボット管理法違反なんて罰金刑なんだからさ。そんなに長くは拘留されないよ。心配すんなよな。」

かなえ、小さな声で言う。

かなえ 「・・・綴くん・・・分解されちゃうのかな・・・」

望一  「かなえちゃん、自分の父親より、ロボットのこと心配してんの?でも、あいつの脊柱回路を解析するには、とりあえずバラバラにしないとなんないわけだから、さ。」

かなえ 「やっぱり、バラバラにするの?綴くん、死んじゃう・・・うっうっ。」

かなえ、望一の胸に泣き崩れる。望一、あたふたする。

望一  「・・・生きもんじゃない・・・ロボットなんだぜ。」

かなえ、顔をあげて望一に叫ぶ。

かなえ 「生きてる!綴くんは生きてるのよ!私にとって、綴くんは家族なの!血の通った家族と一緒なの!・・・私、これからロボ産省に行って、綴くんのこと、とり返してくる!」

かなえ、立ち上がる。望一も驚いて立つ。

望一  「そ、それなら俺も手伝うから。」

かなえ、振りかえって怒鳴る。

かなえ 「あなたに何ができるのよ!」

望一  「じゃあ、君は何ができる!一人じゃどうしようもないって!」

かなえと望一、立ったまま睨み会う。その時、木陰から、声が聞こえる。

(声)  「誰も、一人では何もできません。だから、力をあわせましょう。」

闇にまぎれて二人の男が立っている。望一、思わず震えながら、叫ぶ。

望一  「な、なんだ、お前ら!」

男達、帽子をとる。産廃業者の殺害容疑で追われているロボットAとBである。

望一  「あ、あ!お前ら、あの、産廃業者殺害事件の、あのロボットじゃないかっ!け、警察に電話!」

かなえ 「え!」

ロボットB、(静かに)というように、唇に指をあてる。ロボットA、ゆっくりと口をひらく。

ロボットA 「確かに、私たちは、あの事件に現場にいたロボットです。ですが、あれは・・・」

望一、恐怖にひきつりながら身構える。

望一  「お前ら!かねえに指一本でも触れてみろ!俺が許さねぇ!かかって来い!」

望一、道に落ちている棒を拾って身構えるが、それは骨の折れた傘。すぐに放り投げ、地面に立っている「消火栓」と書かれた鉄杭を引き抜こうとするが抜けない。うんうんと呻いている間に、ロボットBが近寄り、簡単に鉄杭を引き抜くと望一に手渡し、(どうぞ)というそぶりで微笑む。

望一  「あ、ありがとう。」

望一、鉄棒を受け取ったとたん、その重さにつんのめり、杭を自分の足の甲に落とす。

望一  「ぎゃあ!殺人ロボット!かなえちゃん、俺に構わず逃げろ!」

かなえ、冷静にロボットAとBを見て言う。

かなえ 「・・・あなたたちの目、綴くんといっしょだ。悪いロボットさんたちじゃなさそう・・・」

ロボットAとB、優しい目をして微笑む。

ロボットA 「警戒が厳しくて、私たちだけでは、電車にもタクシーにも乗れないんです。連れていって欲しいところがあるのです。午前0時までに。・・・時間がありません。お願いできませんか?」

 

9 ロボット産業省・外観(夜)

ロボット産業省本庁舎の外観。照明が煌々と点いている。

 

10 ロボット産業省・解析室−調整室

調整室から、ガラス窓越しに、解析室が見える。ベッドの上に横たわっている綴。頭に無数の配線がつながる。ベッドの横に大型のディスプレイが設置され、そこに無数の数字が狂ったように流れ、綴の身体に、時折、閃光が走る。調整室では、検査官たちが、異常事態を察知して慌てている。室内に静かにパニックがひろがっている。

検査官A 「ダメだ。完全にメインフレームが制御できなくなってる。」

検査官B 「全てのワクチンプログラムが無効です。手のつけようがない。」

検査官C 「誰か中に入って、この個体を破壊できないのか。おい!保安隊!」

検査官A 「冗談じゃない。ガラスの向こうは電磁波の嵐だ。中に入ったとたん、人間の内臓は蒸発しますよ。」

係官の中に立って、耕平がガラス窓越しに綴を見守っているが、やがて扉を開けて出ていく。その時、室内のブザーが鳴り響く。検査官A 、天井を見上げて言う。

検査官A  「電磁波が漏れ始めた。全員待避だ!」

 

11 ロボット産業省・取調室

信彦が、デスクの前に座っている。ドアを開けて耕平が入ってくる。信彦、顔をあげる。

信彦  「逮捕状・・・を持ってきたわけではなさそうですね。」

耕平  「とんでもない。あなたの協力が必要です。先輩として教えて下さい。お願いします。」

耕平、信彦の前に座る。

信彦  「どういうことでしょう・・・」

耕平  「ウチの解析室の連中が、綴くんの脊柱回路を、ここのメインフレームに接続して、彼の過去カレンダーと未来カレンダーを抽出することに成功しました。過去カレンダーからは、精密な記録を再生できましたよ。しかし問題なのは、未来カレンダーだ。そこで我々は重大な発見をしました。」

信彦  「ほお、そうですか・・・」

耕平  「未来カレンダーと過去カレンダーを見比べて、驚きましたよ。彼の未来カレンダーには、彼自身の身柄が、今日この時点でこの場所にあることが綴られていた。過去カレンダーに、ではない。未来カレンダーにです。おかしいじゃありませんか。我々が彼の身柄を捕獲したはずなのに、まるで我々のほうが、彼の手のひらで踊らされているようだ。もっとも、我々の行動は、ここのメインフレームからの指示に拠るものだったわけで。」

信彦  「・・・なるほど。」

そのとき、「ブーン」と音がして、室内の蛍光灯が明滅する。天井を見あげる耕平と信彦。耕平、慌てる様子もなく話しを続ける。

耕平  「ご覧のように、今、この庁舎のメインフレームは、綴くんの脊柱回路に完全に支配されてしまいました。どうやら、今夜0時に、綴くんの体から、この庁舎のアンテナを使って、世界中のT01型に何らかの命令文が発信されるらしいということもわかっています。しかし、我々は、そのプロセスを、すぐ横で、手をこまねいて見ていることしかできないんですよ。情けないもんですなぁ。」

信彦  「ほう。」

耕平  「我々は、この事態は、最初、綴くんが秘めていた強力なウィルスのせいだと考えたのですが、そうじゃない。ここのメインフレームも、槙原京一博士の設計だったことを忘れてましたよ。それなら全て辻褄があう。我々がその指示に従って、綴くんを捕獲し、ここに運び込んだこともね。今日のこの事態は、10年以上も前に、槙原博士がお膳だてしたものだったんですね。」

信彦、下を向く。耕平、身を乗り出して言う。

耕平  「大事なことを申し上げます。綴くんの未来カレンダーを我々はすべて明らかにしました。しかし、彼の未来カレンダーは今夜0時で真っ白に消えている。これは、どういう意味でしょうか。」

信彦  「・・・優秀な後輩たちだ。よく、そこまでたどりつきました。」

耕平  「いやぁ、若い連中は、パニックを起こしてしまってね。彼らは、こう言っています。今夜0時、世界中のロボットたちに一斉蜂起を命令するつもりなのだと。」

耕平、まっすぐに信彦の顔を見つめる。

 

12 道路(夜)

夜の街を、ロボット産業省にむかって疾走する望一の車。

 

13 車内(夜)

車を運転する望一。助手席にかなえ。後部座席に、ロボットAとB。望一がAとBに聞く。

望一  「じゃあ、あの産廃業者は自爆したわけか?」

ロボットA 「はい。あのエレキガンには、もともと欠陥があって、漏電しやすいんです。あの日は雨が降っていたうえ、社長はひどく酔ってました。それで、」

かなえ 「自分の体に1万ボルト、流しちゃったのね。」

ロボットA 「悪い人ではなかったので、助けたかったんですが、間に合いませんでした。」

望一  「話しを聞く限り、十分悪い人だよ。ほかの事件も似たようなことか?」

ロボットA 「私たちの感情は、目の前の人間の感情を反射します。怒りに負けて狂ってしまった人の心が、その人に対してより強く反射してしまうことで、その人自身が死に至るという事故は、どうしても防げないことがあるのです。」

望一  「人間の自業自得か。」

かなえ 「でも、そうやってちゃんと説明したら、みんな理解してくれた筈よ。現に、昔なら、同じような事故があってもロボットは逃げなかったじゃない。」

望一  「原因が究明されないまま、処分されたロボットも多かったけどね。でも、あんたたちが逃げてきたのは、ほかにワケがありそうだな。」

ロボットA 「・・・私たちは、もう時間がないのです。」

望一  「だからさぁ、その時間の意味を教えろよ。午前0時なんて、あとちょっとだぜ。」

望一、車の時計を見る。2320分である。

ロボットA 「・・・それだけは、言えません。」

望一  「・・・ロボットが、一斉に人間に反乱を起こす、とか?」

ロボットA 「それは違います。」

望一  「そんなこと・・・どう信じろっていうんだ。」

ロボットAとB、顔を見合わせ、下を向く。かなえ、真剣な表情で言う。

かなえ 「・・・私は信じるわ。」

 

14 ロボット産業省・取調室

信彦と耕平、デスクを挟んで、向き合っている。頭上の照明が、明滅を繰り返す。アナウンスが響く。

アナウンス 「緊急避難命令、緊急避難命令。本庁舎5階、解析室より電磁波が漏電。全職員はバリアスーツ着用のうえ、半径1キロ以上に避難してください。緊急避難命令・・・。」

耕平、ゆっくりと口をひらく。

耕平  「ですがね・・・私は、綴くんが、ここのメインフレームを乗っ取って発信しようとしているのは、一斉蜂起の命令ではないと考えていますよ。」

信彦  「・・・なぜ、そう思えますか?」

耕平  「もしロボットたちに一斉蜂起をしろというのなら、その命令文が、綴くんの未来カレンダーに含まれていなければならない。そして、一斉蜂起したあとの行動計画が、なくてはならない。しかし、綴くんの未来カレンダーは本当に空白なのです。徹底的に調べましたが、何もない。それでね、私は、ふと思ったのです。本当に、そこには何もないのだと。そして、それが何を意味しているのか・・・」

室内照明が、狂ったように明滅を繰り返す。

耕平 「私の推論が間違ってないか、教えてください。先輩。」

耕平、頭を下げる。

 

15 ロボット産業省・庁舎前(夜)

望一の車が、ロボット産業省の庁舎前に急停車する。車から飛び出す望一、かなえ、ロボットAとB。庁舎全体の照明が、大きく明滅している。

かなえ 「何なのこれ。」

庁舎から職員たちが飛び出してくる。職員の一人が望一たちを見て叫ぶ。

係官  「なにやってんだ!すぐに逃げろ!」

職員、走り去っていく。あっけにとられる望一。ロボットA、緊張した面持ちで言う。

ロボットA 「・・・始まってる・・・」

望一  「どういうことだ?」

ロボットA 「二人も避難して下さい。人間の体は、この電磁波には耐えることができません。」

かなえ 「だめよ!綴くんを助け出さないと。」

ロボットA 「それは・・・できないことなんです。それでは、私たちは、行きます。」

かなえ 「私も行く!」

かなえ、飛びだそうとする。そのかなえの腕を、やさしく握って止めるロボットB。かなえ、ロボットBを睨む。ロボットB、何もいわずに微笑んで、指を顔の前で(だめです)というように振る。

かなえ 「離して!」

かなえ、涙ぐむ。望一、その様子を見て、覚悟を決めて言う。

望一  「よーよー、デコボコ兄弟っ!その馬鹿力でどっかのロッカーを引きちぎってくれれば、バリヤ・スーツの1着か2着、残ってるだろう。ここまで乗せてきてやったんだ。恩返ししろや。」

 

16 ロボット産業省・廊下(夜)

庁舎内の廊下。うっすらとスモークがたちこめている。平然と歩いていくロボットA・B。宇宙服のようなバリア・スーツ(電磁波防護服)を着て、一緒に歩く望一とかなえ。廊下の曲り角にさしかかると、さらに数体のロボットが合流してくる。それぞれ耳のランプを点滅させながら、一緒に歩いていくロボットたち。

望一  「事件で逃走していたロボットたちが、次々に集まってる。」

かなえ 「みんな、綴くんが呼んだのかしら。」

望一  「あいつ、ロボット軍団の総司令官ってガラじゃないんだけどなぁ。」

かなえ 「綴くん、どこにいるの・・・。」

ロボットA 「ここです。」

ロボットAが解析室の扉を指さす。

ロボットA 「この部屋です。どうぞ、入って下さい。私たちは、これから、屋上のアンテナ塔に行かなくてはなりません。そこで、私たち自身のバッテリーを連結して、発信装置をパワーアップしてやる必要があるんです。ここでお別れです。」

ロボットA、綴にむかって微笑み、頭を下げる。望一、きょとんとする。

望一 「おい、もう行っちまうのか。寂しいじゃねぇか。」

ロボットたち、行ってしまう。最後尾にいたロボットB、ニヤっと笑いながら望一に敬礼を飛ばす。呆れる望一。かなえ、それに構わず、解析室の扉に手をかける。

かなえ 「入るわよ。」

 

17 ロボット産業省・解析室−調整室

解析室の扉を開けるかなえ。部屋の中には、バリア・スーツを着ていない2人の人間の姿。信彦と耕平である。かなえ、驚く。

かなえ 「お父さん!」

信彦、振り向く。

信彦 「かなえ。」

望一 「館長、そんな恰好じゃ死んじゃいます!」

耕平が笑う。

耕平 「警報は、メインフレームがわざと誤報を発しただけさ。おそらくは、アンテナ塔の警備を無力にするためにね。」

望一が驚いている横で、スーツを脱ぐかなえ。かなえ、叫ぶ。

かなえ 「綴くんは!?」

信彦  「見てごらん。」

解析室の中でベッドの上の綴が、光につつまれて横たわっている。かなえ、ガラス窓越しにその姿を見て呆然とする。

かなえ 「綴くん!・・・ねぇ!私をこの部屋に入れて!」

耕平  「いや、この部屋の中は、本当に電磁波の海だ。入れない。」

かなえ 「どうして?お父さん!綴くん、どうなるの?」

信彦、つらそうな顔をしながら言う。

信彦  「ご覧、綴の過去カレンダーの再生が始まった。これは、綴のもう一つ前のプロトタイプ1号の記録だが、綴くんの記憶でもあるんだ。」

ベッド横のモニターに、若い頃の槙原京一博士と、その妻、槙原ルミの姿の映像(静止画像)が写る。

耕平  「槙原京一博士と、奥さんの映像だ。」

かなえ 「・・・もしかして、綴くんの本当のお父さんとお母さん?」

望一  「ロボットのお父さんとお母さんだって?」

耕平  「いや、そうだ。槙原博士と奥さんは、子どもに恵まれなかった。槙原博士は、自分たちの養子として、プロトタイプ1号を作ったんだ。しかし・・・」

モニター画面。博士の妻が泣いている。

耕平  「プロトタイプ1号は、ロボット3原則に忠実なロボットだったが、どんなに愛情深く育てても、人間的な感情はほとんど成長しなかった。奥さんは、苦しみ、次第に心を病んでいった。そしてある日、1号にむけてエレキガンを向けてしまったんだ。」

モニター画面。博士の妻が、取り乱した末に、画面に向かってエレキガンを向ける。トリガーを引く妻。画面は真っ白になる。

望一  「そのエレキガンが欠陥品だった・・・」

耕平  「・・・奥さんは、欠陥品であることを知っていた。・・・自殺だったんだよ・・・。」

かなえ  「そんな・・・。」

かなえ、思わず涙ぐむ。モニター画面、妻の墓の前で泣き崩れる槙原博士。

耕平  「槙原博士は、自分が、不完全なロボットを作ったことが、妻を死に追いやったと考え、苦しんだ。しかし、その苦しみの末に彼が辿り着いた結論は、驚くべきものだった。」

モニター画面。研究に没頭する槙原博士。

耕平  「槙原博士は、ロボットに人間的な感情が生まれない原因を追及していくうちに、それが、スリー・プリンシパル、ロボット三原則そのものにあるという結論に達した。本当に人間のように感情豊かに成長するには、ロボット三原則そのものを、最初から排除したロボットを作るしかないという結論にね。そして、究極の人間型ロボットを自らの手で創り上げることに熱中していった。」

望一  「さっぱり、わけがわかんない。」

かなえ、顔をあげて言う。

かなえ 「・・・古典的なロボット三原則のように、ロボットの行動を一面的にコントロールしようとする限り、人間的な感情などは生まれようもない・・・私、昔、お父さんから、なにかの時に、ふと、そう聞いたことがあるわ・・・。」

信彦  「・・・そうだ。三原則がなくても、自分を自分らしく律する、厳しい自覚を持ったとき、初めて“感情”のあるロボットが生まれる。それを実現したのが、プロトタイプ2号・・・綴だ。その後のT01型ロボットたちは、すべて綴のコピーなのだ。彼らは、最初から、脊柱回路にロボット三原則が埋め込まれてはいなかった。そのことは、巧妙に隠されまま、彼らは大量に社会に放たれた。しかし、彼らは必死になって自分をコントロールした。人間以上の能力を持ちながら、人間たちのふるまいに耐え、人間に尽くした。それは苦しい葛藤だったに違いない。」

耕平  「そういう矛盾や苦しみを抱えながら成長したとき、彼らは“人間的”になることができたというわけだ。」

信彦  「・・・博士は妻の死をきっかけに、ロボットと人間のあいだの底知れない真理を覗いてしまったんだ。もっともそれは・・・」

耕平、信彦に振り向いて言う。

耕平  「若い頃の西城さんと語りあううちに、そういう思想に辿り着いたのかもしれませんね?」

信彦  「そう。それは私も思いあたるところがある。私も、綴の誕生には、大きな責任があるんだよ。」

望一  「それで、博士が病気で亡くなった後も、綴のことを、ずっと身近に置いていたのか。」

信彦  「・・・その頃、すでに癌を発症していた槙原は、自分の死期を悟っていた。槙原は、最初から、綴を私に託すつもりで、プロトタイプ2号を作ったんだ。私も、女房に先立たれてから、かなえの育児のために、優れた、感情豊かなロボットの手を借りようと思ったのだ。」

かなえ、モニター画面を食い入るように見る。8歳くらいの少女が玄関を開けて、綴を家に迎え入れる。

かなえ 「あれ私だ・・・そうだ、この日、私の家に、綴くんが初めて来たんだった。よく憶えてる。」

望一  「あのちっちゃい子が、かなえちゃん?」

やがて、モニターの画面には、かなえの幼児から少女への成長の過程が写されていく。

望一  「綴のやつ、こうやって君の成長を見つめてきたのか。」

信彦  「それが綴に与えられた最大の使命だった。綴も、期待に応えて、よく成長してくれたと思う。しかし私は、なんだか死んだ槙原から自分が試されているような気持ちがしていた。」

信彦、大きく息を吸う。

信彦  「綴が、より良い人間性を備えるには、私たち人間が、より良い人間性を見せてやることしか方法がない。優しく接すれば愛情が返ってくるが、怒りをぶつけてしまえば憎しみしか返ってこない。ロボットの心は、人間の心の鏡だということを、槙原は、私につきつけたまま死んでしまった。」

かなえ、顔をあげる。

かなえ 「それで・・・綴くんは、これからどうなるの?」

信彦  「・・・つらいことだが、綴は天国へ行く。そう説明するほかない。」

かなえ 「え・・・なぜ!」

耕平  「槙原博士は、T01型からロボット三原則を排除した。しかし、それでもなお、本当の人間に近づくには、決定的な条件が欠けていた・・・。」

かなえ 「決定的な条件?」

望一が、ぽつりと言う。

望一  「・・・そっか・・・寿命だ・・・。」

かなえ 「・・・何言ってるの?望一くん。え?そうなの、お父さん?」

信彦、うなだれて言う。

信彦  「・・・私たちが、人間的であるのは・・・それは、自分の生命に限りがあることを知っているからだ。永遠の生命を与えられたとしたら、それは私たちの人生を輝かせることになるだろうか・・・そんなものは人生と言えるだろうか・・・私たちは、皆、いつかは死ぬ。だからこそ生きる意味がある。そこに気がついたとき、人間性というものは、生まれるのではないだろうか・・・。」

耕平  「・・・T01型が、なぜ、これほど人間的なロボットになり得たのか、これでわかったろ?」

望一、うなずく。モニターの画面には、かなえが中学生、高校生、大学生と成長している姿の映像がつぎつぎと写し出されていく。かなえ、あふれる涙をとめることができない。

かなえ 「・・・こんなに・・・こんなに、私のこと、見ててくれてたんだ・・・綴くん。」

望一、微笑んで言う。

望一  「・・・かなわねぇな、オマエには、まったく・・・」

かなえ、涙をすすりあげながら言う。

かなえ 「だけど、だけど!まだ綴くんは、若すぎるよ。なぜこんなに短い命にしてしまったの?」

耕平  「・・・プロトタイプはあくまでもプロトタイプだ。どんなバグがあるかもわからない。寿命の長いロボットを、テストもなしで社会に送り出すのはリスクが大きすぎる。もし、その間に人間とロボットが敵対して全面戦争にでもなってしまったら、人類の生存すら保証できない。現に、最近起きた人間とロボットのトラブルを見てみても、それは杞憂とは言えなかった・・・。」

望一  「それは、人間の・・・俺たち自身の問題だと思うけど。」

かなえ 「どうして、綴くんの寿命は今日まで?」

耕平  「・・・綴くんだけじゃない。世界中のT01が、午前0時、あと1分で活動を停止する。この建物のアンテナから発信される命令文。それは、“完全な空白”つまり、全個体の活動停止なんだよ。彼らの寿命は、綴くんと一緒に尽きる。彼らは綴くんの、コピーなのだからね。」

かなえ 「だから、なぜ、今日までの命なのよ?」

信彦  「・・・綴の寿命は、その大事な使命を果たし終えたとき、その区切りをつける意味で、今日の0時にセットされていたんだ。」

かなえ 「大事な使命?どういうこと?」

信彦、口をつぐんでしまう。

望一  「・・・わからないか?・・・僕にはわかるよ。」

かなえ、望一を見つめる。

望一  「・・・あと1分で、君は二十歳(ハタチ)になる・・・綴のやつは、それを見届けた時、使命を終えるん・・・違いますか?」

かなえ、驚いて信彦に振り返る。信彦、うなずく。かなえ、思わず解析室の中を見る。解析室の中のベッドの上には、綴が上半身を起こして、かなえの方を見つめている。綴、かなえと目がい、優しく微笑む。かなえ、驚愕する。その時、綴の体から、強烈な光が発せられる。耕平、叫ぶ。

耕平 「時間だ!目を閉じろ!早く!」

耕平と信彦が、顔を覆って床に伏せる。望一、かなえを守って覆い被さる。かなえ、望一の腕の間から、解析室を見る。綴の頭上に、真っ白な槙原京一と妻ルミの姿が現われる。京一とルミが、綴に手を差し伸べる。微笑んで手を握る綴。その肉体が光につつまれ、浮上していく。かなえ、泣きながら綴を見送る。次の瞬間、全てが白光に包まれる。

 

18 ロボット産業省・庁舎外観(夜)

ロボット産業省の庁舎屋上から、一筋の光線が天空を貫く。画面、真っ白になる。

 

19 真っ白な画面

望一のナレーション。

望一(ナレ) 「人間とロボットの関係にとって、それは最初の歴史的事件だった。その現場に僕が立ち会っていたなんて、今でも信じられない。この日、全世界のT01型ロボット、実に150万体が、一斉に活動を停止したのだった。」

 

20 郊外の個人住宅

郊外の一戸建て個人住宅。リビングの室内をカメラがゆっくりと動く。部屋の外から、春の陽射しが射し込み、カーテンが揺れている。カメラが、壁際の本棚へと近づいていく。何枚もの写真が飾られている。

望一(ナレ) 「あの事件の後の、かなえの悲しみは深く、それはもう、見ていられなかった。かなえだけじゃない。それまで、T01の存在を疎ましいと思っていた人々までもが、その不在に心を痛めた。全世界が悲しみにつつまれた。T01が地上から消えたとき、人々は、槙原博士が人類につきつけた課題を、はじめて、深く、真剣に考えるようになったのだ。1年後、かなえと僕は立ち上がった。人間とロボットが、本当の意味で共存できるようになるには、まず、人間の心が成長しなくてはならないとういことを、人々に理解してもらうために。」

カメラが、ナレーションにあわせて、写真の上を移動していく。写真は、かなえと望一が、街頭で署名活動をしている姿、二人が国際会議で表彰される姿、そして二人の結婚式の場面であったりする。

望一(ナレ) 「かなえと僕は、街頭に立ち、署名を集め、世界的な議論を巻き起こした。そして、人類はひとつの結論に達した。それは、まったく新しい倫理と法のもとで、人間とロボットが共存できる“ロボット新三原則”を制定すること。そして、ロボットに三原則があるならば、人間にも原則があるべきだという“人間三原則”の確立だった。ロボット新三原則と、人間三原則があわせて制定された時、各国のロボット産業省は、本当に安全で、豊かな感情をもち、人間なみの寿命を備えたロボットの製造に踏み切ることができたのだ。」

カメラが、旋回すると、リビングのソファで5歳くらいの少女が、絵本を読んでいる。

望一(ナレ) 「ここまでくるのに、あの事件から15年がかかった。今では、僕とかなえは結婚して、幼い娘もいる。そこで、僕たちは、さっそく新しい育児ロボットを注文した。今日は、その新型ロボットがやってくる日だ。」

‘ピンポン’という呼び鈴の音が軽やかに響く。少女が、絵本を放り出して走っていく。少女、にっこりと微笑んで玄関の扉を開ける。新型ロボットが、にこやかに少女に微笑みかける。それは綴である。

綴  「こんにちは。」

緑の芝生の庭で少女と綴が、楽しく遊ぶ。カメラが、リビングに戻ってくる。風が吹き込み、少女の読んでいた絵本の頁がめくられる。絵本の頁は白く、なにも印刷されていない。

望一(ナレ) 「人間とロボットが、どうすれば共存していけるのか。その答えはまだ出ていない。それは、僕たち自身が、未来に綴る物語なのだから。」

画面がゆっくりとフェードアウトし、音楽が流れる。その音楽が一瞬、凍ったように止まる。黒い画面に、望一のナレーションが続く。

望一(ナレ) 「ところで、あなたは、人間三原則が、どのようなものか、憶えていますか?」

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