『こころ北にありて』  作品のねらい / ストーリー

Ver.2001.8.11



作品のねらい:

 現在、私達日本人は繁栄と平和のなかで、人間としてより大切なことの何かを喪いつつあるのではないかと思わされることが少なくありません。とりわけアジア諸国からの留学生達の真摯な生き方や態度に接すると、その思いは一層強くなります。そして第二次世界大戦をはさんだアジアの激動の歴史へと思いをめぐらせるとき、もしも歴史の歯車がほんの少し違っていたら、日本は東西陣営によって分断され、現在とはまったく違う日本、日本人像になっていたかもしれない。―それは私達を粛然とさせる仮定であり、答えの得られない問いかけです。が、この「もしも」を、あえて映像作品として描いてみたら、これからの世界の中での日本と日本人のあり方を見つめなおすこともできるのではないか、と考えたのが、この作品の着想です。

 物語の前半は、"北日本"の秘密工作員達が、"南日本"へと潜入・漂着する過程で味わう冒険と困難を描き、後半では一人生き残った女性主人公が、南日本の社会で生き抜くなかで、祖国への郷愁に浸りつつ自らの運命に悩み苦しむ姿を描き出します。この"南日本"というものこそ、現在の日本の映し絵であり、これを同じ日本人でありながら異邦人でもある主人公の視点から撮ってみた時、そこに何が写し出されてくるのかということが、この作品のテーマです。何らかのヘゲモニーに与することなく、答えを導くのでもなく、問いかけを問いかけのまま、観客に投げ出してみたいと思うのです。あくまでもフィクションであり、アクション映画や悲恋物語の要素をふんだんにとりいれつつ、なお、それだけではない何かが、この映画を観終わった人々の心に残る作品にしてみたいと考えています。


ストーリー:

 日本が南北分断国家となって25年後。北日本人民軍の特殊潜航艇が南日本領内の海岸近くに浮上する。闇にまぎれて4人の男達が潜航艇へゴムボートで漕ぎ寄せる。乗り込んできたのは、若い秘密工作員3人<加地・日野・志熊>と、<閣下>と呼ばれる一人の初老の男だった。潜航艇は外洋に抜け出し、漁船に偽装した母船の船底にドッキングする。母船の閣下の部屋で、世話係の女を見て加地は驚く。彼女は加地がかつて愛した<美都子>だった。二人は偽装夫婦になって南への潜入工作を訓練されたことがあり、美都子もまた訓練中に加地を愛したのだった。母船のキャビンでは乗員達のささやかな慰労の宴がはじまる。潜航艇の若い操舵手は美都子に一目惚れしたとはしゃいでいる。そこへ閣下が入ってきて、南北日本統一の理想を陶々と演説する。閣下が寝入った後、加地は美都子にドッキング中の潜航艇の中を見せたいと言って誘う。加地と美都子が潜航艇へと乗り移った直後、母船にミサイルが命中、母船は大爆発する。

 潜航艇はかろうじて母船から離脱するが、損傷を受け沈み始める。海上には対潜ヘリ、海中にも敵潜水艦が迫る。逃亡を図る潜航艇だが、敵潜水艦の魚雷攻撃の前にさらにダメージを受ける。必死の操船で海中を逃げ惑った潜航艇は、やっとのことで南日本の沿岸へと漂着。加地と美都子ら工作員4人、艇長以下乗員4人が南日本領内へ上陸。しかし、"規則"によって乗員は"処置"されねばならず、美都子もその弾金をひかなくてはならない。そして美都子が処置したのは、美都子に一目惚れしたと言っていた操舵手だった。南日本の陸上部隊が迫り、銃撃戦となって日野と志熊は射殺される。加地は美都子とトンネルに身を潜める。加地は、「もし歴史が違っていたら普通の男と女として愛し合いたかった。」と告げ、美都子に自決用のカプセルを渡す。加地との帯広の生活を脳裏に思い出しながら、美都子はカプセルを噛み砕く。トンネルを出て行く加地。直後に銃声が響きわたる。

 美都子は再び目を覚ます。そこは病院とも研究所ともつかない特殊な施設。美都子はそこで、<お姉さん>と呼ばれる女によって集中的な<覚醒教育>を施される。美都子は次第に北日本工作員としての呪縛から解かれていくが、それにつれて、自らが手をかけた操舵手の幻影にも苛まれる。季節はめぐり、空から降る雪を見上げる美都子は、望郷の念にかられつつ、すでに<覚醒>してしまった自分自身に気づく。美都子の軟禁状態が解かれ、監視付で南日本の大学に通うようになる。南日本は急速な経済発展を遂げるが、美都子は南日本の社会に馴染めず、心の奥底では自分の運命を呪い、また加地への想いを消すことができない。

 いつしか東西冷戦は終わろうとしており、南北イタリアはすでに統一され、ベルリンの壁崩壊を伝えるテレビニュースを、美都子は他人事のように見つめる。<お姉さん>は自分の役割は終ったと言って去る。そこへ現れたのは加地であった。加地は自分は逮捕されて監禁されていたが、これからは美都子と暮らしていきたいと語る。美都子は驚き涙を流すが、覚悟を決め、加地を部屋に入れる。しかし一夜あけた美都子は、加地が南日本の2重スパイだったことに思い至り、加地に護身用の銃を向けて問い詰める。あの潜航艇の事件は<閣下>を密かに葬るという南北政府の密約のもとで仕組まれたものだったこと、美都子の命を救うために潜航艇へ誘ったこと、渡したアンプルは致死量ではなかったことなどが明らかになる。それもすべて美都子を愛していたからだと加地は言う。冷戦が終わり、自分も秘密工作員としての使命を終えたいま、美都子と暮らしていきたいと語る加地。その弁明は美都子にとってはただ虚しく響く。次の瞬間、美津子を狙う加地のナイフ。美都子は加地に弾丸を浴びせ、加地は血煙に沈む。そして、美都子はかつて漂着した海岸を廃人のように彷徨う。追って来る黒服の男達。銃を向けてゆっくりと振り返る美都子。(上映時間 1時間50分)



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