青春メンズワールド

シナリオ


登場人物

洋平 山崎洋介
満 佐藤陽弐
隆二 坂本竜士
哲夫 宮谷哲朗
秋元 秋山素子
満の父 伊藤敏朗
リエ 高橋里枝
鬼瓦さん(後姿のみ) 坂本竜士(2役)
齋藤 齋藤博美
田嶋 田嶋貴



○(過去)夏の浜辺

  砂浜を移動するキャメラ(タイトル)。クレーンアップすると、堤防の上に自転車を止め、浜を見下ろしている二人の高校生―満と洋平。浜では四人の高校生が相撲に興じている。隆二、哲夫、斎藤、田嶋である。彼らを見て、満と洋平が笑い出し、その声に隆二たちも気がづく。
齋藤「あ、満と洋平じゃん。」
隆二、堤防の上を睨みつけてケンカ腰で叫ぶ。
隆二「何見てんだよ。お前ら、こっち来いよ。」
  隆二の剣幕を、齋藤と田嶋が制止する。堤防上から満と洋平も睨みかえす。
洋平「ん?あいつら何か文句あんのかな。」
隆二「あん?聞こえねぇよ、お前らこっち来いよ。」
  洋平、自転車から身を乗り出すが、満がやめとけというそぶり。
満「行くぞ。」
  洋平、自転車を前に出す。満と洋平の視線―ながれる浜の夕景。

○ (現在)走る電車の車内 [洋平の夢] 

  電車の窓外にながれる都会の夕景。車内に座っている洋平、無性に腹を立てて怒鳴っている。
洋平「だからふざけんなよ。何でだよ。ね、聞いてる?。」
  洋平の前に座っている満。その顔が夕陽に光る。
洋平「いつも俺巻きこんでさ。いつもだよ。俺のこと何だと思ってるの? 隆二の阿呆にはカラまれるし、満っちゃんの親父さんには怒鳴られる。」
  ガランとした車内に夕陽がきらめき、洋平の怒声は一人言のように響く。満、いたずらっぽく笑う。
洋平「あ、ほら、これ。また笑ってごまかす。」
洋平、つられて笑ってしまう。
洋平「そうやっていつもトンズラしてさ、俺もう、やってらんないよ。」
  言いながら意識が遠のいていく洋平。

○ (過去)浜辺

  浜の左右から決闘態勢でにじり寄る高校生たち。片方が満と洋平の二人。相手は隆二、哲夫、斎藤、田嶋の四人。洋平、ドスをきかせる。
洋平「お前ら、相変わらず馬鹿っ面だな。」
  言われた隆二、にやにやしながら満と洋平を挑発する。
隆二「お前こそ、ゴリラが海水浴かよ。」
洋平「ん〜。」
  言われてみればその通りの顔で洋平が唸る。満、おかしくて、ぷっと噴き出してしまう。
隆二「おら、かかって来い、かかって来いよ。」
  洋平が前へ出るのを満が笑いながら抑え、洋平の肩を抱いて、この場を去ろうとする。隆二、二人の背中に哄笑をあびせる。
隆二「そうだよな。満はよくわかってるよ。ここは俺たちの縄張りだもんな。」
  その一言に満、踵をかえし、もの凄い勢いで隆二に殴りかかっていく。洋平も哲夫に飛び掛り浜辺は大乱闘。逃げ出す田嶋と、おろおろする齋藤。

○ (過去)漁港

  満と洋平、自転車で漁港に通りかかる。二人の顔には隆二らとの乱闘でできた生傷。ふと前方の人物に気づく。満の父である。満の父、いきなり雷を落とす。
満の父「またやっただろう!お前ら!」
  満と洋平、びびって顔を見合わせる。
満「違うよ。洋平!洋平が先に手ぇ出したんだよ。」
洋平「うそぉ。」
満の父「いいかげんなことを言うんじゃない。田嶋から聞いたぞ!」
  満、あわてて洋平に命じる。
満「行け!行け!」
  洋平、震えている。
洋平「だめだよ。おじさん、いるじゃん。」
  満、洋平の頭に一発見舞うと、自転車を飛び降りて逃げ出す。満の父、激昂して洋平に命じる。満の父「追え!」
  洋平、満の父に言われるまま、慌てて自転車で満を追いかける。
満「来んなよ!」
洋平「待ってよー。」
満「お前どっちの味方なんだよ!」
  満、漁船の隙間を器用に飛んで逃げていく。泡を喰って追う洋平、自転車のまま転倒し、情けない声をあげる。
洋平「待ってよ〜」
満「来んな〜」
  満の父、そんな二人を見送り、苦笑する。

○ (現在)走る電車の車内

   窓外をながれる夕景。カメラがひくと洋平の顔。洋平、居眠りしている(満の夢を見ている)。その隣に座っている女―秋元。秋元、車内前方を見て、手を上げる。車内通路をやって来る隆二と哲夫。隆二は安サラリーマン風、哲夫はミュージシャン風で髪はぼさぼさ。二人とも、スーツハンガーをぶら下げている。秋元、眠りこけている洋平の体を揺する。
秋元「洋平、隆二君と哲っちゃん来たよ。」
  洋平、うっすら目をあける。隆二と哲夫、洋平と秋元の前に着席。
哲夫「よ、ひさしぶり」
  洋平と隆二、不機嫌そうに睨みあう。
洋平「お前ら、相変わらず馬鹿面だな。」
  隆二、その言葉にニヤリとする。
隆二「馬鹿野郎!こんないい男に向かって何言ってんだよ。お前こそ馬鹿面じゃねぇかよ。」
哲夫「お前ら二人とも馬鹿面だよ。」
隆二「うるせぇよ、なんだよ、この頭は。ふざけるなよ。」
哲夫「いやぁ、お前のへこんだ顔には負けるね。」
隆二「う、うるせぇよ。」
  隆二、嫌なことを思い出させるなという顔で不機嫌に黙る。隆二と哲夫の掛け合いに、笑いを噛み殺す秋元。

○ (過去)浜辺の休憩所

  へこんだ顔の隆二。周りに、哲夫、齋藤、田嶋。四人とも苦しげな顔。続く沈黙。田嶋、ぽつりと口を開く。
田嶋「まずいよ。」
齋藤「…どうすんだよ、隆二。」
隆二「うるせえよ。何とかするよ。」
哲夫「…なぁ、満と洋平に相談してみたら?」
隆二「うるせぇよ。何であいつらが出てくるんだよ。」
  再び沈黙。田嶋、耐えかねたように、急に腹を押さえる。
田嶋「うっ。お腹イテ。ごめん。」
  腹をかかえて田嶋、去る。
齋藤「またいつものかよ。」
隆二「ほっとけ。」

○ (過去)堤防の上

  満と洋平、自転車に二人乗りして機嫌よくやって来て、田嶋に遭遇する。
洋平「あ、田嶋じゃん。どうした。」
田嶋「あのさ、鬼瓦さんが隆二のこと、気に喰わないらしくて、いま呼び出しくらってんだよ。」
満「あぁ、鬼瓦さんね。」
洋平「え、誰それ?」
  満、ちょっと考えたふうだが、冷たく言う。
満「ま、頑張れよ」
  洋平、調子をあわす。
洋平「頑張れよ〜。」
  満と洋平、冷やかすように笑って去る。田嶋、しょぼくれたまま立ちすくむ。

 ○ (過去)堤防の上

 満と洋平の二人乗り自転車が、堤防の上を滑っていく。洋平おかしくて喚いている。
洋平「へへへへ、ざまねぇよな満ちゃん。あいつら普段の行い悪いから、こんなことなってんだっつうの。だいたい隆二の奴ときたら、あの目つきで、あのガニ股。で、あの態度ときたもんだ。あんなんだったら、先輩じゃなくて、俺の爺ちゃんだって怒るってんだよ。ねぇ聞いてる、満ちゃん。あいつら今ごろ、かなりびびってるぜ。」
満「イテ〜!」
  それまで黙り込んでいた満、突然、腹をかかえて自転車を飛び降りる。洋平、慌てて自転車を停める。
洋平「どうしたの?!」
満「腹!腹痛いんだよ!」
洋平「大丈夫?」
満「駄目!帰るわ!」
洋平「送るよ!」
満「いいよ!」
  洋平から逃げる満、後を追う洋平。
満「来んなよ!」
洋平「待ってよ!」
満「お前が来るとますます腹が痛くなるんだよ!」
洋平「何でだよ!どうしてそんな事言うんだよ!どこ行こうとしてんだよ?」
  しつこい洋平に呆れて、立ち止まる満。
満「わかった。帰るよ。帰る帰る。」
洋平「全く何なんだよ。」
  満、しぶしぶ荷台に乗る。
満「飛ばせ!」
  荷台から洋平を急かす満。
洋平「わかったよ。」
満「もっと飛ばせるだろう!」
洋平「わかったてば!」
  自転車が加速したところで、満、すぐ自転車から飛び降りて、洋平を背に逃げ去る。また慌てて追う洋平。
洋平「ふざけんなよ!」
満「来んなよ!」
洋平「待ってよ!満っちゃん!」

○ (過去)町はずれの広場

  満と洋平、草むらの小道をやって来る。満は堂々、洋平は自転車を手で押しつつ、きょろきょろと不安げ。広場に出て来ると、そこに一台の車。立ち止まる二人。突風が砂埃を起こす。満、車に向かって叫ぶ。
満「鬼瓦さーん!隆二の件で話があるんですけどいいっすかねー!?」
洋平「何言ってんだよ、やめろよ。」
  洋平、満を制する。と、車の扉がぎいぃと開き、鬼瓦が出てくる。その容貌に震えあがる洋平。
洋平「やっべー…。」
  洋平、くるりと逃げようとするが、その後ろ首を捉まえて引き止める満。

○ (過去)駅前通り

  哲夫、町の中を走り回っている。駅前通りで隆二を見つけ、叫ぶ。
哲夫「隆二!」
  隆二、立ち止まる。駆け寄る哲夫。
哲夫「満と洋平、鬼瓦さんの所へ行ったらしいぞ。」
  隆二、うなだれる。

○ (過去)広場の土手

  土手の上をフルチンの子供がよちよちと歩く。その下で、満と洋平が傷だらけで座り込んでいる。
洋平「痛てえよー…満っちゃん…。」
満「イテイテ言うなよ。」
  満の懲りてない態度に、洋平、愚痴る。
洋平「何だよ、その言い方。だいたいさ、満っちゃんといるとロクなことないんだよね。腹痛いって、ついて来てみれば、何あれ?鬼瓦さん?顔反則、頭パンチだよ!パンチ!やってらんないって!」
  満、おちゃらける。
満「はは。それより見た?俺の右ストレート!けっこう効いてたぜ!」
洋平「一発だけじゃん。それでこの代償じゃあやってらんないよ。」
洋平、思わず笑ってしまう。と、自分達の方へ向かってくる隆二と哲夫の姿に気がつく。
洋平「また面倒な奴らが来たよ…。」
  隆二、ものすごい剣幕で満と洋平に詰め寄る。
隆二「お前ら何勝手な事してんだよ!誰が頼んだ!」
哲夫「おい、隆二!」
  隆二を制する哲夫。洋平、面倒くさそうに言う。
洋平「お前ら、ヒトが疲れてる時に、カラんでくるんじゃねえよ。」
満「誰も頼んでねえよ。行くぞ。」
  満、相手せずといったふうに立ち上がり、洋平も連れ立っていく。なお後を追おうとする隆二を哲夫がはがいじめして止める。

○ (過去)堤防の上

  堤防の上をそそくさと歩いていく隆二。その後をニヤニヤしながらついて来る哲夫。哲夫「何だかんだ言って、あいつらいい奴だよ。」
  隆二、むっとして歩を早める。二人の脇を自転車の少年達が通り過ぎ、背後には海と空が広がる。

○ (現在)乗換駅のホーム [夕景]

  日が暮れようとする乗換駅のホームを歩いてくる洋平・秋元・隆二・哲夫。ホームの端に来て、それぞれ荷物を下ろし、手持ち無沙汰に立つ。洋平、疲れたように荷物を椅子にしてしゃがむ。気を利かしたように秋元が皆に言う。
秋元「何か飲むもん買ってこようか?何がいい?」
隆二「すっきりしたやつ。」
哲夫「スカッとするやつ。」
  秋元、洋平の顔をのぞくように前へ屈む。
秋元「洋平は?」
  洋平、目も合わせず無言。秋元、肩を落とし、一人で自動販売機の方へと歩きだす。隆二、洋平と秋元の様子を見て、急に哲夫に言う。
隆二「お前、何でもいいんだよな?」
哲夫「あ、いやだから」
隆二「ああ、わかった。」
  哲夫の声を無視し、スキップしながら秋元の後を追っていく隆二。哲夫、そんな隆二の行動に腹を立てる。
哲夫「何なんだよあの野郎。なぁ洋平、やっちゃえよ隆二の奴。」
  洋平、その声にやっと顔をあげ、秋元と隆二の後姿を眺めつつ、何か思い出したような表情。

<インサートショット:(過去)浜辺>
  高校のセーラー服姿の秋元が、哲夫と斎藤から、ちょっかいを出されながら浜辺を歩いてくる。

  隆二と秋元、自動販売機の前。隆二が前屈みに缶ジュースを取り出し、秋元に渡しながら、遠慮したように訊ねる。
隆二「あ、ん〜…どうなんだろう?」
秋元「え?何が?」
隆二「いや…洋平とはさ。うまくいってんのかな?」
  下を向いてしまう秋元。隆二、ホーム端に残って座っている洋平と哲夫を見ながら言う。
隆二「あいつさ、まだしょうがないんだよな。一年しかたってないしさ。」
秋元、頷きながら、洋平の方へ振り返る。
秋元「…わかってるんだけどね。」
  ホーム端では、哲夫が洋平に何やらちょっかいを出している。洋平もすこし楽しげに見える。
秋元「…いいよね、洋平は。みんなから心配されて。」
秋元、なんだか羨ましそうに言って歩いていく。
隆二「違うって、俺は秋元さんが心配なんだよ。」
   隆二、洋平への気遣いを悟られた恥ずかしさに真顔で言うが、一人取り残され、所在なげに栄養ドリンクを呷る。

○ (過去)堤防・浜 [夕景]

  日が暮れようとする堤防の上を、じゃれながら歩いて来る満と洋平。笑いつつ浜に目をやり、男女の高校生たちを見つける。
満「あっ、あれ。哲夫と斎藤じゃねえ?」
洋平「だね〜。」
満「おっ、あいつらナンパしてるよ。んっ?相手はC組の秋元だ。よくやるよ。見物しようぜ、見物。」
  笑っていた洋平、ナンパされているのが秋元だと知り、顔がひきつる。洋平、堤防から浜に飛び降り、哲夫に向かって猛突進、殴りかかる。
哲夫「おい!やめろよ!わけわかんねえよ!何なんだよ!」
  洋平、倒した哲夫に馬乗りになって、なおも殴りつづける。後から駆けつけた満、きょろきょろと秋元の姿を探すが、すでにいない。満、笑いながら洋平を哲夫からひきはがす。
満「おい、やりすぎだよ。やりすぎだよ。」
  やっとのことで哲夫を手放した洋平、まだ興奮が止まらない。哲夫と齋藤は、怒りつつほうほうの体で去る。満、笑いながら謝る。
満「ごめんなー。ごめん。」
  洋平、はぁはぁと肩で激しく息をしている。
満「って言うか、洋平、お前やりすぎだよ、ひゃはは。だけどあそこまでボコボコにするとね、ひゃはは、見てて楽しかったよ。」
  洋平、まだ息を切らし、うつむいた顔を上げない。満、その様子に合点がいく。
満「…お前…惚れてるだろ。」

○ (過去)駅の待合室 [夜] 

  夜の駅、電車がホイッスルとともにドアを閉め、おもむろに動き出す。降りた客たちが改札口へと向かう。駅待合室には、遊び疲れたように、ぐったり座っている満と洋平。
満「だるいな〜。」
洋平「ん〜。」
満「もう今日、家帰りたくねえよぉ。」
  満、窓外に目をやると、急になにか見つけて叫ぶ。
満「おっ!」
洋平「どうした?」
満「秋元だよ!」
  洋平、思わず満の見る窓の先に走り寄る。他の帰宅の客たちにまざって、秋元が改札を出てくる。その姿を呆然と見送る満と洋平。と、満が何かを思いついて興奮して叫ぶ。
満「俺が話しつけて来てやるよ!」
洋平「ちょ、やめてよ!」
  満、はしゃぐように飛び出し、秋元を追う。洋平、しばらく立ちすくんでいるが、我にかえって満を追いかける。駅舎の外の路上で、満が秋元を呼びとめる。
満「ちょっと待ってよー。秋元さん。」
  追ってきた洋平は、駅舎の前で立ち止まる。満、秋元にむかって、しばし何かを話しかけている。心配そうに見守る洋平。と、秋元が一瞬、洋平の方に振り向き、洋平と目が合う。洋平、ドキッとして、とっさに会釈する。秋元、無表情に顔をそむけると、口も開かず、その場を去っていく。その後ろ姿に満が吐き捨てる。
満「お高くとまってんじゃねえよ!淋しいんだろ!ひゃはっはは。」
  満、せいせいしたように、スキップしながら上機嫌で洋平のもとへ戻ってくる。
満「ひゃはっはは、言ってやったよ。俺達には女なんて必要ねえよ。」
  洋平、悲しげに下を向いて黙っていたかと思うと、すぅっと腕がスイングして、無言のまま強烈な一撃を満の顔面に見舞う。満、ものも言わずに吹っ飛んで気絶する。

○ (現在)走る電車の車内 [夜]

  秋元、隆二、哲夫がビールを片手に、なにやら盛り上がっている。洋平は、また居眠りをしている。
隆二「はははは。ごめんな盛り上げすぎた?」
  笑いながら秋元、哲夫に聞く。
秋元「それよりどうなの最近、哲っちゃんは?」
哲夫「いいよ〜俺のことは。」
秋元「え〜彼女とかデキたんじゃないの?」
  隆二も笑って哲夫の顔をのぞきこむ。哲夫、満面の笑みで答える。
哲夫「へへへ。うん。いるよ。」
  隆二、むっと不機嫌になり、目をそらす。秋元、哲夫に重ねてたずねる。
秋元「へえ。結婚とかは考えてる?」
哲夫「いやあ、それはまだ早いよ。」
秋元「えー、そんな事は無いと思うけどなぁー。」
  哲夫、会話を切り換える。
哲夫「そう言えば、高野リエちゃん結婚したんだよね。」
秋元「そうそう。」
哲夫「なんて名前になったんだっけ?」
秋元「う〜んと何だっけ…あ、鎌足リエちゃん…。」
哲夫「ぷ、ヘンなのぉ〜。」
  思わず吹き出してしまう哲夫と秋元。隆二が横から口を出す。
隆二「リエちゃん、こっち帰ってくること、あんのかな?」
秋元「どうかなぁ。親は北海道だし。帰ってくる理由もないしねぇ。」
哲夫「はは。満の奴、浮かばれないね。」
  哲夫、すこし寂しげな笑い。たぬき寝入りしていた洋平、窓の外をぼんやり眺め、満のことを思い出している。そんな洋平に気づかず、隆二たちはなにやら喚きつづけている。
隆二「ねえ、ねえ。何でだよ!ふざけんなよ!何、お前!裏切り?裏切り?」
秋元「ちょっと落ち着いてよ!」
隆二「何なんだよ!お前は!洋平いるのにさあ…紹介しろよ、女!ねえ!」
哲夫「隆二さんには女なんて必要ないでしょう。」
隆二「ふざけんな!お前は彼女いるからいいんだよ。俺にはいねえんだよぉ〜。」

○ (過去)路上

  坂道を自転車で駆け下りてくる洋平、誰かの車の脇で、ヘンなふるまいをしている満を発見する。
洋平「あっ、いた。」
満、車のミラーを使って、鼻歌まじりに身だしなみを整えている。洋平の自転車が横に来る。
洋平「満っちゃん、何パクろうとしてんの?」
  満、にこにこして洋平に振り返ると、逆に尋ねる。
満「今日の俺ってどう?」
洋平「ん?いつもと変わらないんじゃない。」
満「…ん、まぁいいや。」
  洋平、自分の自転車の後部荷台を指す。
洋平「乗りなよ。」
満「あっ、今日は無理。」
洋平「えっ?」
満「今日は無理!」
  何か言おうとする洋平を遮って、満、語気強く。
満「いや!無理!」
洋平「…何か今日、冷たくない?」
  笑ってごまかす満。
満「いや、そんなことないよ。」
洋平「そうかなぁ?」
満「いや、そんなことないって。」
洋平「そうだなぁ。満っちゃんといてもロクなことないしな。」
満「そうだよ。じゃ、帰れ。」
  満、洋平の肩を押して、帰れと促す。
洋平「うん。わかった。じゃあね。」
満「じゃあな。」
  二人、別々の道へと別れるが、洋平はすぐに自転車を止めて向きを変えると、満の去った方向へと、にやにやしつつ追跡をはじめる。

○ (過去)突堤

  突堤の先にセーラー服の美少女―リエが立ち、人待ちの様子。やや離れた場所で彼女を見つめている隆二と哲夫。二人とも恍惚としている。
隆二「リエちゃん…いいなあ…。」
哲夫「清純派だよねえ〜。」
  二人の下へ洋平が自転車でやって来る。
洋平「おう、お前ら満っちゃん見なかった?」
  隆二、笑いながら突堤のほうを指差す。そこにはリエに向かって浮き足立って駆けて行く満の姿。洋平、信じられないという顔で自転車から降りて突堤を見る。
隆二「お前…もう遊んでもらえないな。これからは独りだわ。」
  突堤では、満が、でれでれしながらリエに何かを熱く語りかけている。見呆けていた洋平、感極まって大声で叫ぶ。
洋平「満っちゃーん!」
 満、驚いて洋平の方を振り向く。
洋平「きょうはぁ!その娘と!ヤルのかぁ!」
  満、あんぐり。とっさにリエの方に向き直り、何か言い訳しようとして、なぜかニタリと笑ってしまう。リエ、満のその顔を怒りも露わに睨みつけると、次の瞬間、容赦のないビンタを満の頬に浴びせる。見ていた隆二と哲夫、大爆笑。洋平、驚き、思わず後ずさる。リエ、怒り心頭で突堤から走り去る。馬鹿笑いを続ける隆二と哲夫。事の成り行きに震える洋平。満、怒りにわなわなと震えつつ、ゆっくりと洋平の方に向き直って呟く。
満「洋平…。」
  砂浜の上を洋平が自転車を必死に漕いで逃げる。満、ひっちゃきになって追いかける。
満「待てー!洋平!お前一体なんのつもりだ!」
洋平「俺達に女は要らないっつったの満っちゃんじゃんかよー!」
満「それとこれとは関係ねえんだよ!ふざけんなあぁ!」

○(現在)浜辺

  寒空の浜辺。砂は褐色となり、海も暗く重たい。堤防の上から、喪服を着た隆二と哲夫が歩いてくる。その後ろに洋平。さらに遅れて満の父と秋元の姿。全員、喪服を着ている。先頭を歩いていた隆二、ふと立ち止まると、海を眺めてセンチに言う。
隆二「…俺の縄張りも昔のまんまだな。」
  隆二の横に立った哲夫、思わず噴き出す。
哲夫「何が縄張りだよ。馬ッ鹿じゃねぇ?。」
隆二「あん?何だと?」
  哲夫、大笑いして堤防から飛び降り、浜を駆けてゆく。隆二、慌てて追って飛び降りる。
隆二「おい、待てよ!」
哲夫「うるせえ、このインテリ野郎!」
隆二「何だよ!」
  隆二と哲夫、奇声をあげつつ、浜で取っ組み合いを始める。じゃれあっている二人の姿を見下ろして、洋平が立ち止まる。歳甲斐もなく子供のようにふざけ続ける隆二と哲夫。放心したように佇む洋平。その洋平の傍らに満の父が立つ。
満の父「相変わらずしょうがねえ奴らだな。」
  洋平、満の父に思わず頭を下げる。
洋平「すいません。」
満の父「お前も少しは見習え。」
洋平「は?」
  満の父の言葉をいぶかる洋平。満の父、何かをふっきるような口調で言う。
満の父「この浜じゃ、お前らはみんな俺のガキみたいなもんだ。満一人が死んだからって、お前らにくよくよされたんじゃ俺もたまらん。一周忌も済んだ。いい加減しゃんとせんか。」
  満の父の言葉に、うなだれる洋平。その様子を浜から見ていた隆二、組み合っている哲夫を制して、堤防上の洋平に叫ぶ。
隆二「洋平!」
隆二、挑発しつつ、心配げに洋平を見つめる。
満の父「…呼んでるぞ…」
  洋平、すいこまれるように浜を見つめる。

<インサートショット:(過去)浜辺>
  在りし日の満、穏やかな表情で浜辺に立ち、洋平を見ている。きらめく夏の光。

  洋平、思わず体を硬くするが、やがて、何か意を決した様子で堤防から浜へと降りていく。洋平を待ち受ける隆二と哲夫。秋元、満の父の傍らに来て、ともに洋平を見つめる。洋平、強風を体全体にあびながら浜へと歩いてくる。隆二と哲夫を前に立ち止まると、おもむろに大声で怒鳴る。
洋平「お前ら、ここ誰の縄張りだと思ってんだよ!」
  言い終わってニヤっとする洋平。ニヤリと笑みをかえす隆二と哲夫。
  男達の喚声が浜に湧きあがる。
男達「ウォー!!ぐわぁー!!」
  堤防の上で、満の父と秋元、浜で始まった乱闘に噴きだして笑う。
秋元「あ〜あ、借り物の礼服なのに。」
  秋元、目で満の父に挨拶し、浜へ降りていく。洋平、隆二、哲夫の三人、固まりながら取っ組み合っている。満の父、そんな彼らをいとおしく見つめているが、やがて背中を小さく丸め、寂しそうな表情になって、その場を歩き去る。暗い海と空を背に、いつまでも取っ組み合っている男達三人のシルエット。そこへ秋元がゆっくりと歩み寄る。

―終わり