世界無形文化遺産の民と森

吉田 彰

 

 国立民族学博物館の研究プロジェクト(科研費・基盤B)、「マダガスカルにおける森林資源と文化の持続〜民族樹木学を起点とした地域研究」の研究分担者として、20113月にマダガスカルの現地調査を行いました。調査地は2006年にユネスコの世界無形文化遺産に指定されたザフィマニリ族の居住地域で、1973年以来、20数回にわたって現地を訪れた私にとっても未知の場所でした。


   草原に群れ咲く野生ランと筆者

 彼らは、建具や家具に芸術的な幾何学模様の彫刻を施す伝統文化を継承しています。その一方で、家造りに天然木を惜しみなく使い、焼畑で森を拓き、自然林は集落のはるか彼方に遠のいてしまいました。そして今、森林資源の保全と伝統文化の継承という、相反する問題の狭間に立っています。この難問解決の糸口を探るのが、今回の調査の目的です。


伝統的な木造家屋が立ち並ぶ     一木造の家具や窓板には精緻な幾何
ザフィマニリの民の集落
        学模様の彫刻が施される

 まず、村からいちばん近い自然林の調査に出かけましたが、そこにたどり着くのに3時間もかかりました。森が遠いのもさることながら、そこまで延々と続く草原いっぱいに何種もの野生ランが乱れ咲いているのに見とれていたからです。観光資源として充分に価値のあるその植生景観は、皮肉にも森が消滅してはじめて生まれたものでした。


森が消えた草原に野生ランの希少種「ディサ」が咲く

ところで、いったいどうすれば森林資源を守れるのでしょう。マダガスカルでは50年以上前からマツやユーカリなど外来樹木の植林が盛んに行われ、今は材木や薪炭などの経済林となりました。しかし、それらの林はほとんど下草が生えず、細かい種子が風で運ばれて自然林に入り込み、生態系に大きな影響を与えています。加えて15年余り前、同じく外来樹木のミモザの種子が各地の草原化した土地に飛行機で広範にわたって散布され、ここにもミモザの林が育っていました。同じ失敗の繰り返しにならないでしょうか。

しかしマツやユーカリと違い、ミモザの薪は煙が出ず火力が強いうえ、貴重な収入源となる良質の木炭ができ、地域住民の生活にとても役立つことを知りました。そこで考えを改めてミモザの林をよく観察してみると、下草がとても豊かで、種子は風で散布されにくく、自然生態系への影響が小さいことがわかりました。さらに帰国後に調べると、生育が早いうえ、材が良質で家具材などに使われているのです。これを自然林資源の代わりにうまく利用できれば、難問解決へ一筋の光が見えてきそうです。